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ささめごと

航跡の疼く北窓開くとき

息ひとつ置いて絵踏の海ならむ

薄明の蝶に私室の濁りかな

菜の花にやんはり触れて袖に翳

近すぎる柳がみづをさみしくする

珈琲の落ちるながさを鳥曇

春深むレーズンパンに穴刳れば

トレモロはだんだん濡れて藤ましろ

呟きに繋がれて鷺ゆふぐれり

しんにようのつくづく長き溽暑なる

山鳴りをまだ眠らせて花潜

褪色のゆたかな暖簾鱧揚がる

歯車のやうに夏夜の抱擁は

信仰の欠片のごとく琥珀糖

汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあふ

通り雨みたいな顔で羽抜鶏

かなかなの雨かはたれに芯のあり

青北風や色鉛筆にささめごと

なぐさめのくらさに茗荷咲いてをり

葡萄摘む夜明けを知らぬサティの眼

灯の名残みづに浮かぶや新豆腐

肉うすき仏坐せり秋の果

青年の時間溶けたりスモア焼く

ゆるすなら初雪を手にほどくとき

淑気満つ小さき眉のあかるさに

読初や雨の匂ひを部屋に入れ

ひらかれる膚に焚火の醒めやらず

鍵束に沈む鍵鳴る大枯野

凍鶴の吐息のラヂヲ未満なる

焙じ茶に冬日の沈む匂ひかな

     (第38回俳壇賞応募作,2023)

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