1303文字の短編小説 『三毛猫とハゼ爺』



三毛猫がハゼ爺と出会ったのは、まだ肩に満月のような丸い模様がなかったころだ。

ハゼ爺は嫌われていた。
昭和から平成、そして、令和と長い間、とにかく嫌われ者だった。

大きくて背が高い櫨の木。それが嫌われ者のハゼ爺だ。

ハゼ爺は独特な訛り話す。ただ訛りが強すぎて、若い者達には分からなかった。分かるものが1人2人と減っていった。

ハゼ爺の訛りを分かる人間は、ほとんどいなくなっていた。

ある日、三毛猫はウロウロと赤い落ち葉道を歩いていた。すると、ぶつぶつと低い声で文句を言っている声が聞こえた。

「なーにがぁ、桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿じゃ!その続きがあるのをみんな忘れおって!桜たちばかり讃えおって!」

背の高い大きな櫨の木だ。三毛猫は、驚いた!
木たちは、普通、機嫌がいい植物だからだ。

緑の葉をつけている桜の木を見ながら怒っているハゼ爺をみあげて、三毛猫は尋ねた。
「何をそんなに怒っている?」

今度は、ハゼ爺が驚いた!
「おまえさん、猫なのにおらぁの言葉が分かるのか?」

三毛猫は、ハゼ爺の訛りがよく分かった。

猫は、普通の猫ではなかったからだ。
誰かいる時は人間として生きている化け猫の三毛猫だ。

化け猫と知って、ハゼ爺は少し寂しそうだった。もう普通の者には、自分の言葉は届かないのだろうと思った。
赤い落ち葉に目を向け、遠い昔、人間と仲良く話していた頃がなんだか懐かしくなった。

それでも、久しぶりに話せる相手ができたハゼ爺は、嬉しくて、自分のことを話し始めた。

それはそれは、昔の話からなんだがなぁ。

平安時代から、天皇が重要な儀式の時に着用する束帯装束の染め色として仕え、黄櫨染という名高い名をもらったこと。

秋になる実からは、和蝋燭として、家に明かりを灯してきたこと。

また、歌舞伎役者さんや舞妓さんのお肌を守る下地として重宝され、芸の世界を陰ながら支えてきたこと。

力士の瓶付油として、激しいぶつかり合いでも型崩れしない大銀杏を維持させてきたこと。

それなのに、時代が変わり、嫌われ者になったこと。

理解できぬものは排除する時代になり、ますますハゼ爺を分かるものは少なくなっていった。

ハゼ爺は、続けた。
桜たちの花が舞い散り、緑の若葉をつける頃になると、自分は眠くなり、そばに来て起こしに来てほしくないこと。
そして、赤い葉に実をつける頃、桜たちの周りで皆が賑やかに宴会をするように、賑やかな笑い声で本当は起こしてほしいこと。

三毛猫は、独特の音色の訛りで話す、ハゼ爺の話に夢中になった。それは、とても温かいリズムだった。

三毛猫は、ハゼ爺の寂しさに、いてもたってもいられなくなった。

そして、三毛猫は自分が化け猫になったいきさつを思い出した。

三毛猫は、なぜ自分が人間の姿になるのか、話し始めた。話し始めてから、ハゼ爺を見上げると。

ハゼ爺は、寝ていた。
桜の花が舞い散り、桜たちには若葉がででいた。

寝てからは起こされたくない。
そっと離れた。
赤い葉に実をつける頃まで寝かせてあげよう。
起こす時は、たーくさんの人間を集めて、ハゼ爺の下で宴会をしよう!

三毛猫は、ハゼ爺の言葉の続きをつぶやいた。
「桜伐る馬鹿梅伐らぬ馬鹿、櫨伐る馬鹿日本知らぬ馬鹿」
暖かい風が吹いた。

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