課題解決としての起業の終焉

最近のスタートアップのプロダクトを見ていると、エンタープライズ向け(大企業向け)のプロダクトがとても増えたように思う。それ自体はビジネスを考えると当然のことで、儲かる領域で事業を展開したというだけである。

事業の目的は究極的には儲けることであり、そのためには儲かるための市場選択が必須であり、としたときに現状の日本ではエンタープライズ向けが最右翼にあがる。課題解決がしたくとも儲からなければ持続可能性はないし、それを考えるならば致し方がない選択だともいえる。

とはいえ過去におけるスタートアップがテーマとしていたものの多くはエンタープライズ向けではなかった。古くはホンダや松下、近年でもメルカリやラクスルといったように、どちらかといえばコンシューマー向けの課題解決としての起業が中心を占めていた

その風向きが最近は大きく変わったように感じている。コンシューマー向けのものよりもエンタープライズ向けのプロダクトが増えているし、少し前に流行ったSMB向けのプロダクトの多くもエンタープライズを向くようになった。

そのような時代の流れについて、私なりの目線で書き連ねていく。

なぜエンタープライズ向けのプロダクトが増えたのか

エンタープライズ向けのプロダクトが増えた理由の大きなものは「世の中が便利になりすぎた」ということである。起業家目線に立って言葉にするならば、世の中に「解決可能な課題がなくなった」とも言い換えられる。

起業家の友人知人と話していてもこの傾向は顕著であって、「もはや起業のテーマがない」というのが共通認識になりつつある。もちろん小粒なテーマは残っているし、世の中の変化に応じて新しいニーズも生まれている。とはいえそれらはやり切ったとしても大型IPOには当然届かず、ゆえにテーマとして選択されることも殆どない。

としたときに残るのが「お金を持っている」大企業向けのニッチなサービスであり、ゆえに直近はエンタープライズ向けのプロダクトが増えている。(この傾向もどこかでシュリンクしていくとは思う)

とはいえ本当にコンシューマー向けのテーマが何もないかといえば、全くもってそんなことはない。日本の人口の15%を占める相対的貧困という分類に属する人だけでなく、日本の人口の4割を占める年収300万円以下の人たちにおける課題は山のように残っているからだ。

にもかかわらず、それらの課題が解決されることはない。なぜならお金を持っていない人に向けたビジネスが成立することはなく、ゆえに起業のテーマとして選択されることがないからだ。

つまるところ課題は山のようにあるが、「解決可能な課題」はコンシューマー向けにはほとんど残されていないといえる。

全国民をターゲットにしたビジネスが展開できなくなった

水道哲学に代表される松下の拡大期、つまりは高度経済成長期には、日本の全国民に向けたビジネスを展開することに当然に旨みがあった。それは国民の多くが(現在から見れば)不便な状況であり、どのようなビジネスだとしてもターゲットは全国民となりえたからだ。

この傾向は近年まで続いていたといえ、牛丼が300円で食べられたことなどがそれを表している。

つまりは値段を下げることでターゲットを広げるという戦略に意味があると考える人が一定数いたため、長期的なデフレが続いていたと考えられる。

極論をいえば、デフレが長く続いた日本においては「貧困層も含めた全国民」がビジネスのターゲットと考えられていた

とはいえここには当然に限界がある。薄利多売を目指すしかないビジネスモデルにおいては国民の数が利益の上限値となるからだ。そしてその上限値が訪れるのは、少子化が進む日本では当然に早い。

そのため、どこかのタイミングで値上げが必要となる。そうしなければ、日本としては高収入帯に属する人たちの給与を担保しつつ、事業の成長を行うことが不可能になるからだ。

その皺寄せは当然に貧困層にいき、商品の値上げという形での「貧困層の切り捨て」が徐々に行われるようになった。これが2015〜2020年ごろだと捉えている。

インフレをトリガーにした「貧困層の切り捨て」の加速

2023年の急速なインフレは日本のビジネスにおける大きな転換点になった。デフレ時代は貧困層を含めた全国民がターゲットだったが、一転してインフレに向かうことで彼らがターゲットから外れる速度が加速してしまったからだ。

つまるところ、ビジネスには利益が必要であり、儲かる領域でしかビジネスを成立させることはできない。そこを突き詰めるならば貧困層向けビジネスは成立しない、もしくは成立がとても難しいものが多く、ゆえにそれらが新しいビジネスのテーマとして行われることはない

さらには既存のビジネスすらも、貧困層をターゲットとしたものが徐々にシュリンクしつつある。

この状況が続くならば、貧困層向けの課題が解決されることはビジネス観点では未来永劫存在せず、ゆえに格差だけが広がっていく

課題解決としての起業が無くなり、格差が拡大していく未来に向けて

生活における課題がないといえる程度に世の中が便利になりすぎたこと、そして貧困層を含めた全国民に向けたビジネスが成立しなくなったことを受け、私たち全員の生活の課題を解決していくための起業が行われることはもはやなくなったといえる。

ゆえに貧困層に向けた課題は残り続け、解決されることはない。

もちろん社会起業といったアプローチはあるが、スポンサーとなる誰かがいなくなればそれまでであり、そこには多くの場合に持続可能性はない。

この問題は構造的な解決が難しい。資本主義の論理としては儲かること・増やすことが全てであり、そこから程遠い領域・人間は切り捨てられるのが常だからだ。

としたときにはこのまま格差が広がっていくのを指を加えて見ていることしか出来ないと思うと、無力感に苛まれる。


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