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ソレがコレでアレやから

※この記事における『アレ』とは、『阪神タイガースの優勝』の意です。

2年前の秋、こんな記事を書いた。
ペナントレース最終日まで阪神タイガースがアレするかしないか、明日になればすべて決まる、という日だった。

私にとって阪神タイガースは思い通りにいかない人生そのものであり、心のバランサーであり、歯磨きのように日常に存在するものである、というようなことを、少しざわつく心で淡々と書きとめた。
スポーツチームと「ともにある」ということを自分の言葉で掘り下げてみたかったのだ。

結局次の日にはヤクルトスワローズが優勝し、何事もなくいつもと同じ日々が続いていった。
noteに書き留めることは、結果や行先を「まだ知らない自分」に再会できるので、書いておいて良かったなと思う。


「はじまりの1日」と表現したあの日から、約2年。
阪神タイガースは、再び、明日アレするかもしれないという日を迎えている。

基本的に阪神タイガースとの付き合いは変わらず、生ぬるく見守り続けている。
だけどやはり、春から秋にかけての18時以降のほとんどを捧げることを厭わないほどの愛情は感じている。


今日は1人で甲子園に行ってきた。
佐藤輝明の満塁ホームランの軌道をその場にいる人々と同じ視線で見つめながら、物凄く大袈裟で恥ずかしいが、ああ、生きてるって美しいなと思っていた。
根拠なく、そんなことを思わせてくれるホームランだった。

今年のタイガースが良いのは、ただ強いだけではなく、選手たちが少しずつ自分たちの野球に自信を持ちつつあるプロセスを見せてもらえていることだ。

仕事に自信と誇りを持って取り組む人間を見るのは、どんな仕事だって気持ちがいい。


アレ。なんてったって18年ぶりだ。

2003年も18年ぶりのアレだった。
私は中学生で、なんとなく阪神を応援するようになって数年だったので、単純に嬉しかっただけだった。優勝パレードなどにも行ったけど。
その2年後の2005年にもアレしたので、恵まれていたと思う。

だが、そこからが長かった。
今年のアレは、しっかり阪神タイガースとともに生きた私の、18年分の時間の重みがあるのだ。

この間に、様々な選手が行き過ぎていった。
鳥谷も、藤川も、能見さんも、マートンも、移籍・引退前にアレを一緒に味わえることなく去った。

私の人生からも、様々な人が行き過ぎていった。
2003年に祖母が亡くなり、失意のどん底から、阪神のアレに励まされ立ち直った祖父も、もうこの世にいない。

きっと今宵は、同じように多くの阪神ファンが、自分と阪神タイガースの18年に心を寄せているのではないだろうか。

病める時も健やかなる時も。
どんな充実した日も、どんな笑えないほど酷い日も、家に帰ってサンテレビかABCラジオをつけて、とりあえず野球にありつく。

そんな当たり前すぎる日常がある。
それはアレする日だって変わらないだろう。
家で静かに涙を流して、また淡々と自分の生活に戻る。


これにてnoteに「まだ見ぬ自分」の保存は完了。
明日か明後日か、もっと先か分からないけれど、あとはアレを待つだけだ。
アレはどんな景色だろう。

さあ、ディス・イズ・ザ・デイがやってくる。

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