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伊藤正人「京町家を愉しむ」

先週、平安神宮を起点に疏水界隈を散歩した際に、帰りによった TUTAYA で目にとまって購入したのであった。

内容としては、大阪市立大学の教授である著者が4年かけて、九条の東寺のすぐ南あたりにある町家を探し当てて購入し、改築して棲み始めた軌跡のログである。専門が学習心理学やら行動心理学やらであるそうだが、まぁ、ようするにインテリだが町家建築の素人である。その著者の町家は、最終的には 2015 年の「京都を彩る建物や庭園」に選定されたほどに見事に仕上がったわけだが、それまでの軌跡がきちんと順をおってまとめられている。

私も昨年、京都に越してきた際にはリフォームされた町家を選択したわけだが、なかなか思い描いていたような暮らしぶりにはならず、半年で撤退して今の部屋に移ったのだった。そして、なぜそれがうまく行かなかったのか、という問いと、半端にかじった知識だけが残った。すなわち、今の部屋も古いマンションで、リフォームをして入ったわけだが、これと同様に町家もきちんと改装すれば、快適に暮らせたのではあるまいか、という想いである。

そもそも京都に移ってくる前から、年に一度は旅行にきていたし、不動産に多少の興味があったので、リフォーム町家にも興味があったわけだが、いざ東京から移ってこようとすると、実務的な知識は皆無なのであって、いきなり購入するのはリスクが高い。ということで、まずは借家にしたわけというわけなのだが、有り体に申せば、そもそもこの借家で懲りてしまったわけである。

だが、これが、無難にとりあえずは適当なマンションの部屋を借りて、著者と同じく時間をかけて物件を探し、やはり時間をかけて改装してみればどうだっただろうか。実際、そのような選択肢も取りえたわけだが、まぁ、ちょっとボロい町家の住心地があまりにも悪かったので、とにかく引っ越したくなってしまったのだ(笑)。

というわけで、本書には、どうすれば京都の外部から入ってきた者でも、永住できるような町家を構築することができるだろうか、という問いに対する答えが、実際にそのようにして定住するに至った著者の手によってひとつひとつ、書き起こされている。

そもそもの京都における町家の歴史から、基本的な構造、各部の作りや素材、状態の確認法、現存する町家の売買状況の概略、選定の基準や、具体的な販路に始まって、改修のプランの構築法や業者選定の進め方、値段感や必要な期間、残すべきものと取り替えるべきもの、間取りや、棲み始めてわかったことや四季折々の表情、等々。ネズミ、ネコ、イタチ、アオダイショウが出ること、糞害の対処法、壁面や天井に入れる断熱材や窓のサッシ、エアコンの換気系や地下室の活用法、キッチンの置き換えなど地味な実務的な部分に加えて、もちろん神棚や障子飾り、床の間や内庭の再生、再利用など華のある部分の解説もある。

読み終えてみて思うのは、やはりまぁ、私にはすこし荷が重かったかな、ということである。かかる時間や手間に加えて、やはり相当に金額的にも負担が重いと言わざるをえない。気分としてはやはり市の中心部の同程度の広さの新築のマンションを購入するくらいの気概がなければ、京都旅行に来た際に体験するような改装町家の飲食店やゲストハウスの印象を再現することは難しい。そして実際には、そもそもそうした今っぽい雰囲気にしたいわけではなく、むしろ昔ながらのという印象を維持したまま、実際には現代的な暮らしが可能な状態にもっていく、ということがしたいわけだが、これはパッケージ化さえされていない要求なので、すべてをひとつひとつ検討し、調達しなければならないため、さらにハードルが高い。

リノベーション済みの町家でよければ、京都には八清という専門の業者がいて、そこから買えばいいのだ。私もまたそれなりに物件を眺めていたりしたわけだが、やはり何かが違うのである。こういうふうにしたいなら、普通に家かマンション買えばええやん、という感じしかないし、地元の不動産業者などに言わせれば、あんなにボロい物件をあんな額を出して買う京都人はいない、ということになるらしい。

ただ、八清がそれほど暴利を貪っているというわけではないことは、今ではわかる。実際に古い家屋の構造や素材を活かしつつ、現代的な内装のリフォームをすると60平米の家屋で二千万円前後かかってしまうのである。そこから更に、ゲストハウスのような体験に至るには、五百から一千万程度上積みせねばなるまい。

それならば、これまでどおり、年に一回程度、町家の暮らしの雰囲気を味わうためにゲストハウスを借りればいいのだ。

まぁ、そんな金があったら、今では京都外に旅行に出てしまうと思うわけだが(笑)。

ようするに私の町家への想いは所詮その程度なのであって、この程度の覚悟では著者のような端正な町家を自力で整えることは難しい。先立つものもないし(笑)。ということに、わりと具体的に納得がいったわけで、私にとってはたいへんよい読書体験なのであった。

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