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大喧嘩した翌日の日記より抜粋



FRIDAY TUNING


DATE:とある金曜日の夕方





心のチューニングを合わせたことってある?

これを言葉にするのは難しい。
自分の心がいったい今、どんな音楽を求めているのか、クラシックなのかロックなのか、あるいはブルースなのか。そういうあくなき探求を続ける、っていうのが一番近い表現かもしれない。

具体的に言うと、Apple Musicのシャッフル機能を使って自分のライブラリに入ってる数多ある楽曲を無作為に聴いていくってこと。そのうち、自分の今の心にかちりとはまる曲に出会う、つまりチューニングが合う瞬間が見つかる。もちろん、Apple Musicじゃなくたって、Spotifyでも、GooglePlayMusicでもなんでもいい。

それで、今日の午前中、なんだか心がおぼつかなくて、こう、宙をさまよっていて。どうにも集中できなくて、まずいなって思った。そこで、仕事の合間にまさにこの心のチューニングを合わせる行為を試してみることにしたんだ。

とにかく、その曲は響いた。愛を歌った曲だったけど、特にメロディが好きだった。いつiTunesに入れたのか覚えてないが、十数年ぶりの再会なのは間違いない。

しかし改めて歌詞をじっくり聴いたら、なんだかたまらなくなって、慌てて会社のトイレに駆け込んで、泣いてしまった。小さな子供みたいに。さながら悲劇のヒロインだなあ、みたいな、まるで目の前にカメラなんかがあるんじゃないかって感じに悲観的な、ああいうんじゃなくて、もっとみっともない感じなんだ。顔なんかひどいしかめっつらで、トイレの天井の空気口の、ぼそぼそした埃を睨んじゃってる感じの。


今まで私という人間は、人を大切にすることに、ほとほと興味がないようなタイプだった。本当の話。どちらかというと、大切にしてもらうことに関心があるような、そういういけすかないところがあった。

でも君と出会って、初めて人を愛することについて深く、考えるようになったのだ。
人を愛するということはなかなか簡単なことじゃない。とにかく骨が折れる。見返りなんか求めちゃいけないし、こっちの誠意と同じ誠意で相手が向き合ってくれるとは限らないし。そう、限らないんだよそれは。いつだって。

とにかく、なんだか惨めになる瞬間が多いんだ。人を大切にするって。

でも、私は君を大切にするって決めたわけだ。つまりそれはどういうことか。


たとえば今、いつもの夜みたいに君の部屋に2人でいて、のんびり本を読んでいたとしよう。そんなとき、扉をノックする音が聞こえるんだ。もちろんそこは君の家だから、君が出る。扉の前にはサングラスをかけた黒服の屈強な男がいて、無意味に拳銃で君を撃とうとするんだ。そうしたら私は一目散にその読み途中の、まったくすばらしく、魅力的な、先の読めない、トリッキーで、波瀾万丈な、そんなストーリーの、その22万円くらいする分厚い本を投げ出して、君を庇ってあっけなく死んでしまうだろうね。

そのくらいの覚悟があるってことなんだよ。言い換えると、そのくらいの覚悟はないと人を大切には出来ないってことなんだ。

ううん、やっぱりやめよう。こいうことを平気な顔で言っちゃうのって、薄っぺらいよね。
こんなことを話して、なんになるんだろう。いったい誰に私のこの気持ちが、心の奥底が伝わるというのだろう。でも、だったらどうして私は、こうして今、古い友人たちに、大切な君の話をしてるんだろうね。
それはつまりさ、冒頭の問いかけに起因するんだ。


心のチューニングを合わせたことってある?


それってたとえば、無理に高いキーで歌を歌わなくたって済むような状態のことなんだ。
もし今、自分はなんだか無理をしてるんじゃないか、飲みたくもないミントジュレップを無理やり飲まされて吐きそうになってるんじゃないかって思ったら、さっき話した、チューニングを合わせる方法を試してみてほしいんだ。

それで自分をフラットな状態に戻してくれたのが、私にとって今日はあの曲だったっていう話。それだけ。
なにも君への思いを吐露したかったわけじゃないんだよ。古い友人なら、それくらい分かってくれるよね。分かってくれるって、信じてるよ。



あとがきに変えて


これを書いたのはもうずっと前のことで、そのときちょうどキャッチーインザライを読んでいたから文体なんか妙に影響受けていて恥ずかしい。


しかしながら、当時の自分の静かな絶望というものがありありと表れていて悪くないという気もする。

このとき私は永遠とも思えた君との時間を失ったばかりで、仕事中も壊れたジョウロのようで使い物にならず会社を早退してしまった。
あのあとそれが原因の一つとなりクビになるんだけど、そのことについてはまったく後悔していない。今こうして生きてるし。

肝心なのは、これを書いているときわたしは君を失ったことを心のどこかでは理解していたのに、うまく認めることができなくて、ださいムーブを繰り返していたということ。そんな過去を、今ではもう可愛らしく思えてしまうくらい、時が経った。

それにしてもこんなにこっちが必死だったというのに、君というやつはまるでお構いなしで90秒くらいのショートムービーの編集に勤んでいたのだから笑える。まったく君らしい。そのショートムービーは私もすごくお気に入りだけどね。




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