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ホテルの部屋で考えたこと

この原稿はホテルの部屋で書いています。

どうも筆が進まない、いやパソコンで書いているので、キータッチが進まないというべきか。
こういう時は、何を書こうとしても絶対書けない。書いては消し、書いては消しと30分の格闘が続いている。

ふぅっとため息をついて顔を上げれば、鏡の中に、疲れた顔の中年のおじさんが写っていた。
髭が中途半端に伸び、白髪まじりの頭髪は、なんとみすぼらしいことか。
どうしてここに鏡があるんだ、と誰にもいえない八つ当たりをして、窓の近くの小さなテーブルに移動した。二度目のため息のあと、いまだやめられない煙草に火をつけ、ゆっくり煙の上がる天井や、壁に掛かる風景画をぼうっと眺めていた。

なんか変だ、なんか違和感がある。
今まで気にしなかったこの部屋が、妙に変なものに感じてきた。

「この部屋は寝室なのか、リビングなのか」
今までなんとも思わなかったホテルの部屋に、身勝手なな疑問がわいてきた。

ベットがあるから寝室だ。こんな発想がまず頭に浮かんだ。
しかし、この寝室には扉をひとつ開ければトイレがある。
わざわざ外に出る必要はない。狭いが一人で使うには充分な広さのユニットバスもある。
すぐ横には、タオルやら石鹸が揃ったこじんまりした洗面台もある。
トイレ、ユニットバス、洗面台が、ひとつの扉の中に、スペースの無駄なく揃っている。
入り口ドアを部屋の内側から眺めれば、横には姿見があり、扉を開けて使う小さなクローゼットもある。そして女性が使うであろう化粧鏡はもちろん、冷蔵庫まで揃っている。
なんと贅沢な寝室だ。


 リビングとして見たら、どんな部屋に見えるだろうか。

こうして煙草を吸えるテーブルはありがたいが、ちょっと手狭だ。
灰皿とビールのグラスが似合うくらいの大きさだ。
小さくても暇をつぶせるテレビはある。回転式のテレビ画面はありがたい。
しかし部屋の暗さが気にかかる。調整つまみを最大にしても、リビング特有の暖かい明るさまでは感じられない。

また、この部屋は、一見して1KのK(キッチン)を取った雰囲気もある。
まるでリビングと寝室が同居しているようだ。しかし、1Kに住んだことのないわたしにとって、この部屋は明らかに寝室だ。
そうだ、そうに違いない。


でも、ちょっと待てよ、まだ何かがおかしい。

私はこの部屋に、もうかれこれ3時間はいる。夕食を外で済ませ、午後9時に部屋に入った。
それからずっとこの寝室にいる。疑問に思ってあれこれ考え、一度はこの部屋を寝室と結論づけたが、自分の家では考えられない行動をしている。

私は寝る前の3時間もの長い時間、自宅の寝室で過ごしたことはない。
お酒を飲んで、ほろ酔い気分でホテルの部屋に入れば、その部屋はそのまま寝室になる。
そそくさと着替えてベットに横になれば、なんの問題もない。

しかし私のように、3時間も部屋にこもれば、部屋は一時的にリビングになり、書斎にもなる。化粧鏡についた暗い蛍光灯の明かりだけでは、本を読むのも、パソコンを扱う仕事も気が進まなくなる。部屋は使う人によって、その役目が一時的に変わるものだ。


「ホテルの部屋はいつでも寝室である」

これがこのホテルの決まりのようだ。このホテルだけではない。
縁のないスウイートルームを除けば、すべての部屋がこのルールを守っている。

本当にこれでいいの、私はこの部屋をリビングとして、書斎として使いたい時間があるんです。


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