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文明化の終わり(The end of civilization)

人類は、ずっと文明化を進めてきた。
文明化というのは、「衣食住に困らない」という、人間として生きていくために最低限必要な条件が満たされることだ。

あれがない、これがない

がなくなること。これが文明化。

オランダの画家ブリューゲルの描いた『怠け者の天国』(1567年)
は、当時の理想だ。何もしなくて良い。ただ寝てればいい。働く必要がない。

食べるものがある。寝る場所がある。安全である。

逆にいうと、当時の実態は「それどころじゃない」。特にヨーロッパは森だらけで、食べるものを生み出してくれる畑が少なかったから。ひとつ間違えたら飢えてしまう。

文明化(civilization)とは一歩いっぽ、「あれがない」、「これがない」を満たすプロセスであり、企業が提供してきた。企業、資本主義の発展は、「ないものを満たす」あるいは「不便に対して解決を提供する」ことでなされた。

歩いて移動が大変? 自動車作りました。
洗濯が大変? 全自動洗濯機をどうぞ。
食べ物を保管したい? 冷蔵庫作っちゃいました。
家に娯楽がほしい? ラジオというのを発明しました。
テレビもできちゃいました。
医療と薬学が進歩し、乳幼児の死亡率が劇的に改善した。平均寿命が伸びた。

ところが、いまや、断捨離しなきゃ、家にモノがあふれてる。
ダイエットしなきゃ、栄養過多。

スマホで検索すれば、どんな知識も手に入る。かつては大学に行かなければわからなかったことが寝っ転がってでも小さな画面に表示される。

つまり、人類は、長年の悲願を達成したのだ。

昨日、心斎橋近辺を散歩した。

途中一休みしようと、セントレジスホテルに立ち寄った。カフェでお茶しよう。ところが、満席。
一階レストランを覗く。満席。

道すがら、どこのカフェも満席。

Wホテル、勉強のため寄ってみた。ここのカフェも満席。

わかった。

もう、新しい購買行動になっている。「文明化後」つまりPost-Civilizationの購買だ。ポスト文明の購買行動

その特徴は、「価値購買」。自分にとって意味のある価値を購入する。
対して、文明化前、簡単にいうと「ザ・昭和」な購買動機は「消費」。消費購買。

腹が減ったから食べる。
寝るために寝る。
雨風を避けるための家。

いずれも必要最低限の生理欲求を満たすための消費購買。

カフェに集う若い人たちは、スイーツやドリンクなどカフェのメニューを楽しみたいのはもちろんだが、それ以上に大切なことは「自分にとっての意味的価値」だ。

セントレジスホテルにせよ、Wホテルにせよ、座ったらそれだけで5000円から1万円はかかる。コーヒーであれば、コンビニで100円出せば美味しいものが飲める。でも、「コーヒーを飲みに来ているんじゃない」んだ。

資本主義が発達すればするほど、正解が精度を増す。正解はたった一つだ。
だから、一社に収斂していく。4行に収斂したメガバンクがそうだね。百貨店もそう。航空会社も、いまやJALとANAだけになった(LCCもやがて一社になる)。そして、資本主義は内在する「合理」によって、自己破綻する。
これはシュムペーターが予言した通り。

ポスト文明化社会がどうなっていくのか。
浮かんだら、ここに書いていくことにしますね。

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