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中を掘る

気づけば2時間半、ネックレスのもつれをほぐしてた。

ホテル朝食、そして屋上庭園散歩後、部屋戻って、「じゃ、note書くわ」と昨日のを書いて、終わって気づけば奥さんがベッドの上でまくら抱えてぼんやりしてる。

「どうしたの?」

「これが・・・」

昨夜、ちゃんとしまわなかったために、ネックレスがこんぐらがってしまったようだ。

どれどれ、やって進ぜよう。You Tubeの助けも借りながらやった。

なんとかいけそうだ。

「ちょっと手貸して」

夫婦二人、黙ってチェーンに向き合った。

「ちょっとそこ、引っ張らんといて」
「ここ、どないなってるんやろ」

くらいの会話。

そして、ほぐれない。

時計見て驚いた。12:30pm。
レイトチェックアウトをお願いしていたので13:30までは大丈夫だが、さすがに他にやることある。

今日は天気もいいし、金閣寺に回ってみようと計画してた。
しかしこの時間になると、もう、動けない。

余白を持とう、塗らない、時間を捨てない
と言っている。

これって、余白になるのかな。

ともあれ「久々の共同作業やったね」と笑いあえたんだから、いいか。

それにしてもネックレス、夜の間に、自分で動いてあれだけこんぐらがるというのは、「動いた」わけだ。すごいね。動力、何なんだろう。磁気かな。あれほどややこしくグルグル自分で回るというのは一種の才能だ。

四条河原町に出て、高島屋。蔦屋書店がすごい。もはや美術館。

特に美術書の多さ、充実度合いはそこいらの美術館の群を抜いている。

マナーで、写真は撮ってない。すごい本がいっぱいあった。ここだけでも十分、京都行く価値はある。

美術書だけではなく、一般書籍も、京都ならではの選書で、響く。
こんなのを、見つけた。

帯がいい。

「継ぐ・続けるに向き合った」
そうだよね。商いってのは「継ぐ・続ける」が必ずついて回るよね。

高島屋は面白くて、台北の名店 鼎泰豊(ディンタイフォン)がある。
小腹も空いたので、入ったら、オーダーは自分で書けと(笑)

メニューの記号を自分で記載せよ

戸惑ったが、合理的だと納得した。

味噌餡小籠包とワンタン麺。絶品でした。

隣のテーブルに座った兄貴たち4人。団塊の世代。75歳超えだろう。

全員スマホ見てる。オーダーもせず。一人が気づいて、せっせと注文票に書き込んでるけど、他3人は知らぬ顔でスマホ見てる。若者でもしないよそんなこと。

料理が運ばれてきた。置かれた。まだ全員スマホ見てる。出された料理はさっさといただきなさい。
これが75歳(以上)のやることか。
ほんと、団塊の世代はしつけがなってない。

たぶん彼ら、卒業した会社が同じなんだ。卒業時の階級がそのまま現在も残ってて、注文票書いてたのが一番下っ端、あと向かいのソファ席に座ってるのがエラいさん二人。
卒業後10年以上、ヒエラルキーそのまま、生きてきた。

話もせず、スマホ。
まあ、話をしたところでつまらんのだが。

会社員の宴会話というのはたいてい「自分たちの外」の話。だからいまでいうと野球の日本シリーズやラグビーなどスポーツ。つまらんのよ、これが。

「自分たちの中」の話はしない。MAIDO懇親会は基本、「自分たちの中」の話ばかり。
「オレ、最近、負けてばっかりなんすよ」
とか。

気づいた。自営業者は「継ぐ・続ける」に真剣に向き合ってる。だから自然と、「自分の中」を掘らざるを得ない。

会社、特に大きな会社は、組織や仕組みががっちり出来上がってる。

「継ぐ・続ける」より、「放っておいても、自分がいなくなっても継ぐ人はいるし、続く」と考えてしまい勝ちだ。実はそうではないのに。

塗らない・時間を捨てない・余白

に戻るけど、それらすべては、「自分の中を掘る」ために必要なこと。

夫婦二人で、39年過ごした中、2時間半ネックレスのもつれをほぐす作業、真剣に向き合ったのは初めて。

二人の中を掘ることになったのかもしれない。そしてそれはとても良い時間でした。ありがとう。

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