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お金と両思いになる方法

「お金と両思いになりたい人、手挙げてー!」と呼びかけたら、かなりの人が挙手すると思う。それだけ片思いだと思ってる人が多いってことだね。今日はお金と両思いになる方法について・・・と書き始めたと思ったらこんな表示が出た。

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知らんし。こっちは「今まさに」これから書き始めようとしている瞬間だ。思考と文章化のリンクをぎりぎり脳内でやってるのに、挟むなよ(笑) こういう「挟み」を平気でやる人は、お金からは愛されないと思います。そもそもアップデートして「うわー、こんなにすごく便利に、快適になった!」なんてことを体感したことはこれまで一度もない。すべて「そっち側」の都合であり、アップデートは目的じゃない。手段だ。

あ。いま、キィワードが出た。目的と手段。そう、ひと言でいうと;

お金と両思いの人は、お金を手段と考えている。

お金に片思いの人は、お金を目的と考えている。

では、お金と幸せ、どっちが上位概念だろう。

「餃子のために幸せがある」とは言わず、「幸せのために餃子がある」。つまり餃子より幸せは上位概念である。

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これと同様に、「お金のために幸せはある」とは言わない。「幸せのためにお金はある」というのは成立し得る。

話を戻す。両思いの人はお金を、「何かに使うための手段」。家族を喜ばせたり、困ってる飲食店仲間の少しでも力になれたら、と応援したり。

手段の時制は「現在」。いま、この瞬間。

目的の時制は「未来」。起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。

「お金がなくなったらどうしよう」という「不安」、時制は「未来」。現時点ではなくなってないし、なくならないように「いま・ここ」で循環させるのが大事なのに、それを忘れてしまいがち。お金は循環させるとなくならない。ところが、お金が目的化すると、循環を止める。高齢者がたんまり預金しているのは目的化した結果。それで幸せが増分するかどうかは別の話。預金額と幸せは完全に独立していて、リンクしない要素なのだ。たとえば昨年支給された1人10万円の給付金。あれをいまだにもっている人は社会に循環させていないからお金と両思いになれない。コロナちゃんで経済が止まるのを防ぐために支給されたわけで、給付金というのは手段なんだよ。目的化して預金していたら、結局自分がお金から好きになってもらえない。

JOY+WOW+LOVE and FUNはすべて時制が「現在」。喜び、感動、愛、楽しさ・・・いま、この瞬間に感じるもの。そして、目的じゃない、手段。何かを手に入れたり、願いが叶ったらJOY+WOW+LOVE and FUNというのは違う。自分発信でJOY+WOW+LOVE and FUNを「いま・ここ」やる。やるとJOY+WOW+LOVE and FUNが周囲に循環する。循環というのも時制は現在。上機嫌こそ、周囲の人への最高のギフトだよ。

「何か悪いことが起こったらどうしよう」と思う前に、「起こったことをすべて良いことにする」「未来は自分で良いようにつくっていく」と「現在系」で考える。

こう考えると、これまでややもすると「目的」がエラくて「手段」は「それは手段に過ぎない」という言い方からうかがえるように「下」とされがちだったけど、そうじゃないね。「目的」は、「目的地」つまり、「到達できていない」ことが前提。だとすると、目的にした途端、「到達できない現実」をつくってしまうことになる。現実は思いと言葉がつくるから。

「お金がたくさん儲かりますように」と願って「たくさんの儲かり」を目的化した途端「たくさんの儲かりが存在しない」現実が生まれる。ここに、お金と片思いの人の思考グセがある。

はい。最後にもう一度整理しますね。

お金と両思いの人は、お金を手段と考えている。何かに使って循環させるための手段です。これだけで、お金と両思いになれますよ。

さあ、今日も最高にJOY+WOW+LOVE and FUNを周囲へギフトする月曜日にしましょう!

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