木村キミノリ
まっくらな、暗闇があるとしよう。 そこには光なんてない。星空は照らさない。遠くのマンションはあたたかな家庭の光をこぼさない。のぞき見できるような薄明かりもない。足下すら、いや手のひらだって見えない暗闇だ。深海の底でひとりぼっちで息してるみたいに、何もない。 でもかろうじて、足は何かを踏んでいる。その感触で、はじめて自分が靴を履いていることを知る。靴、というものがあることも知る。衣服を身につけていることも知る。自分が人間であることを知る。それから、ようやく自分が暗闇の
僕には歯がない。 ついでとばかりに勇気がない。 歯がないから勇気がないのか、勇気がないから歯がないのか、そんな卵と鶏問題は、ハムレットにだって結論を出せない。ただひたすら、時計くらい確実なのは、僕には歯も勇気もないってことだ。 朝は一杯のおかゆで始まる。くずくずにつぶした米と、卵と、野菜ジュースと、少しの塩と水で煮た汁。それが僕にとってのおかゆ。あわいオレンジの中に卵の黄色がモザイクのように浮かぶ。それをただ、口に流し込む。歯がないから、歯茎で噛んだマネをしてみ
猫じゃらしが、空き地一帯に生えている。絵本に出てくる金色の世界みたいに。秋風が金色を揺らして、少女の笑い声のような音を立てた。 いまから10年前、ここには大きなお屋敷が建っていた。私はもう、そのお屋敷がどんな屋根をしていたのか、どんな花が咲いていたのか、どんな香りをさせていたのか、覚えていない。それでもなお、あの少女との記憶だけは、鮮やかな色のまま、覚えている。 彼女は言った。 「いい、あやこさん。女の子たるもの、優雅でなくっちゃいけないわ。どんなことがあってもね
さてさて、だんだん寒くなりました。 もうすぐ秋がやってこようとしています。 しかしどうしたことでしょう、お山はまだ青々としていて、夏のお洋服を着たままです。お山たちは言い合いました。 「今年は、もみじ借りのようせいさんが、おそいなあ」 もみじ借りのようせいさんは、もみじを借りてくる秋のようせいさんです。 秋が近づいてきますと、ほかの場所のもみじを借りてきます。そして冬が近づきますと、ほかの場所へもみじを持っていきます。もみじの持ち運びをしてくれるようせいさ
おじいちゃんの耳毛はとても長い。 耳毛は耳の穴からぴろんとのびている。そのことをおじいちゃんに聞いたら、おじいちゃんはうれしそうにグハグハ笑った。 おじいちゃんはよく笑う。グハグハ笑う。 おじいちゃんの笑い声は、お腹の中にまでひびいて、なんだかしあわせになる。 でも、おばあちゃんが死んでしまってから、おじいちゃんはひとりで笑うようになった。ぼくにはそれがどうしてかわからなかったけど、お母さんもお父さんも悲しそうな顔をするだけで、ぼくに説明をしてくれなかった。
くーちゃんはお布団に入りながら、なかなか眠りにつくことができません。ふたつのおめめはパッチリで、ちっとも眠くありません。 きっと、お昼におかあさんのコーヒーを飲んだからでしょう。おかあさんは「おいしくないよ」と言いましたが、おかあさんはおいしそうに飲んでいるのです。くーちゃんは、「おかあさんはウソをつくのがヘタだなあ」と思って、コーヒーをひとくち飲んでみました。吐き出しました。おかあさんは正直者でした。 あのちょっぴりのコーヒーが、くーちゃんを眠らせてくれないのでし
町に架かった大きな虹は、とてもとても大きな虹なので、町の人たちは首が痛くなるほど見上げては、「でっかい虹だなあ」と口々につぶやきます。虹は翌日も翌々日も町の上に架かっていて、どうにも不思議なので、町のみんなで虹のふもとへ歩いていくことにしました。 歩きながら人々は、 「どうしてこんな虹が架かっているんだ」 「地震でも来るんじゃないかね」 「おもしろいこともあるんだね」 「もしかしたら虹じゃないのかも」 などとお話をしていたので、大きな大きな虹のふもとにも、気がつい
はじめまして、木村です。 なんかいろいろあって、noteを始めてみました。 小説なんかを書けたらいいですね。 面白そうな方がいましたら、見境なくフォローしていくと思いますので、よろしくお願いします。それから、「こんなことしてる人もいるよ!」と、おすすめの方がいましたら、コメント欄に書き込んでいただけたら幸いです。 知らないことのほうが多いので、知っておいたほうがいいこととか、イベントとかありましたら、教えてください。 まだ方向性を定めてはいませんが、それなりに楽しく