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UFOテクノロジー隠蔽工作 スティーブン・グリア著 7章宇宙平和から引用抜粋

 ものごとを直視しようではないか。地球上の一千人のうち、文字を読めるのはひとりしかいない時代があった。聖職者が律法学者だった時代であり、彼らが大衆に霊的教えの内容を読んでやるか、繰り返し聞かせてやるかしていた。一般教育が普及し大多数の人が読める時代に、その必要はない。読み、そしてあなたの霊的コミュニティの人たちと読んだ内容を分かち合うといい。しかし、誰かをグルや司祭に祭り上げる必要はない。そうすることは、実際にあなたの霊的進歩にとって有害である。それがニュー・エイジのグルだろうと、神の許しへの入り口だと説教してまわる僧服を着た人々だろうと、問題ではない。私にとっては、それはどれも時代遅れの有害な遺物にすぎない。
 私は、彼らがみなぺてん師であると言っているのではない。自分を霊的知識の最後の審判者であるとか、特別司祭であるとか吹聴する人たちは、心得違いした人だと言っているのだ。そうした時代は終わった。教えの促進者は別として、キリスト教の牧師、ユダヤ教の牧師、回教の高僧などを、地球上の誰もが必要としない、少なくとも百年から百五十年の時代に入っている。
 最終的に人々は真理に目覚めるだろうが、大衆が霊的に幼児化されている制度は、したたかに堅固である。霊的幼児化という言葉で私が意味しているのは、啓発つまり霊的知識の権威とそれ至る通路にいくつものフィルター、いくつものコントロール・ポイントが設置されている状況のことである。そして誰もがそうした状況を子供のようにただ受動的に受け容れている。これは教え込まれた行動パターンであり、そうしたパターンを忘れなければならない。これは霊的相互依存である。

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