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Sarah Recordsについて vol.1 『My Secret World』東京上映によせて

KKV Neighborhood #144 Column - 2022.08.11
『My Secret World』東京上映によせて by 与田太郎

2014年にイギリスで公開されたSarah Recordsのドキュメンタリー映画『My Secret World』がこの週末に東京で上映される。日本での上映は関西のミニシアターを応援する『映画チア部大阪支部』により実現し、ついに東京での上映が決定した。
この大学生による自主企画での上映というのが実にSarahらしい。

『マイ・シークレット・ワールド』
英ブリストルの1987年から95年まで活動していたインディーレコードレーベル、サラ・レコーズに迫った長編ドキュメンタリー。

レーベルの創設者であるクレアとマットをはじめ、サラに所属したバンドのメンバー、レーベルに影響を受けた人々などがそれぞれのストーリーを語ります。DIY精神、当時の音楽シーン、そしてフェミニズム…インディー精神を受け継ぐ私達の必須教養!サラ・レコーズの秘密の世界へようこそ。

監督・製作: ルーシー・ドーキンズ
出演: クレア・ワッド、マット・ヘインズ、アメリア・フレッチャー、ジェイコブ・グラハム、カルビン・ジョンソン、エヴェレット・トゥルー
2014年/イギリス、オーストラリア/102分/カラー/日本語字幕: 森彩子

企画・配給・宣伝: 映画チア部大阪支部
協力: Gucchi’s Free School、シネ・ヌーヴォ、出町座

両日とも上映後にトークショーあり
8月13日(土)ゲスト:竹中万季(me and you)
8月14日(日)ゲスト:堀江博久(鍵盤弾き)
▶︎2022年8月13日(土)、8/14(日)限定上映
▶︎連日21:15より
《当日料金》一般:1,800円/大学・専門学生:1,300円(学生証の提示が必要)/シニア:(60歳以上)1,300円/障がい者割引:1,200円(手帳の提示が必要・付添いの方1名まで同額割引)/※特別興行につき会員割引はございません

Sarahは1987年にマット・ヘインズとクレア・ワッドの2人の大学生の出会いによりレーベル活動をスタート、1997年にレーベルをクローズした時の最後のリリースのカタログ・ナンバーは100だった。彼らのビジネスよりも自分たちのスタイルを優先した運営方法や一貫したアートワークは80年代中旬以降のインディー・ブームに沸いたイギリスでも独特の存在感を放っていた。80年にちょうどティーンエイジャーとなった僕にとっても憧れの存在だった。

高校時代にパンクに触発された第一世代のレーベル、ROUGH TRADE、Factory、4AD、Muteが送り出す音楽に夢中になり、大学時代はそれこそ週に2日か3日は新宿や渋谷の輸入盤店をまわるほど入れ込んでいた。当時の情報源は主に音楽誌と国内盤についていたライナー・ノーツが中心で、圧倒的に情報量が足りなかった。新しい音楽を知りたいという気持ちは、自分の求めるレコードを手に入れることが人生の最重要な目的といってもいいほど過熱していた。そしてレコード・ショップで実際に店頭に並ぶ最新の輸入盤をこまめにチェックして、さらに少ない情報をつなぎ合わせ、自分の想像力を駆使した真剣勝負を繰り返していた。

なぜそれほどまでに音楽に夢中になったのだろう。これはいつも僕が音楽について考える時に浮かぶ問いなのだが、いまはおぼろげながら答えることができると思う。当時僕が夢中になった音楽がもたらしてくれたのは、学校や家庭で過ごす日々の生活では触れることのできない”正直な気持ち”や”嘘のない思い”だったからなんだと思う。言葉だけで正直な気持ちを伝えることはとても難しいし、多くの人がそんなことに興味をもってすらいないことが僕には不満だった。10代から20代のころに僕が本当に知りたかったことは正しいことや、こうであるべき、ということではなく、もっとシンプルな”正直な気持ち”や”嘘のない思い”を感じることだった。それは遠い外国から届いたマイナーな音楽から驚くほどの率直さで伝わってきた。

大学生になるとすぐにライブハウスに入り浸り、学園祭のコンサートを企画し、仲間を探し始めた。夜毎に終演後のライブハウスで配られるフライヤーや薄いファンジンを手に毎日を過ごした。Sarahに出会ったのもそういう時期だった。ちょうど80年代中旬は初期のCreationとSarahがスタートし、僕と同世代の多くの若者が当時のイギリスのシーンに触発されバンドを始め、ファンジンや小さなレーベルをスタートし、ライブの企画をスタートした時期にあたる。とくにSarahの手作りなイメージは多くの若者の背中を押したのではないだろうか。僕自身もそうだった、自分にもなにかできるのではないだろうかと。

『My Secret World』が映画チア部大阪支部によって上映されるのがSarahらしいというのは、あれから数十年が過ぎたいまでも若い世代に同じような思いを伝えているからなのだ。

1989年の12月、僕はブリストルのSarahのオフィスを訪ねた。ブリストルの美しい丘を登ったところにあった小さなオフィスで日本から来たただのファンに丁寧に対応してくれたマットとクレアのことはいまでもはっきりと覚えている。その時僕はROUGH TRADE、The Housemartins解散からBeautiful Sounthのアルバムが発売になったばかりのブライトンのGO DISCS、Pale Fountains解散後のSHACKをリリースしていたイアン・ブロウディーのGhetto Recordingsを訪ねた。Creationは残念ながら何度かオフィスへ電話したけどつながらなかった。それから1年後に僕自身もレーベルを始めることになる。憧れは胸を突き、そして想像しなかったほど遠くまで自分を運んでくれた。

『My Secret World』でSarahからリリースした多くのバンドが当時を振り返る。マットとクレアを中心に集まった仲間がそれぞれに悩みを抱え、危機に直面した思い出を語る。なにも特別なことはないけれど、正直であることを貫くことがとても大事だったことが伝わってくる。ちょうど昨年見たオアシスのドキュメンタリー『Knebworth 1996』のエンディングでノエルがいう「俺たちは正直だっただけさ」という言葉と同じものを感じた。SarahとCreationは規模こそ違えど同じコインの裏表なんだと僕は思う。

10月にキリキリヴィラはドイツのSpace KellyというアーティストのSarah Recordsへのトリビュート・アルバムをリリースする。このリリースは僕なりのSarahへの敬意の表明でもある。いまやもうレーベルという存在は当時ほど意味を持っていないかもしれない。アーティストの情報も、場合によっては昨日のライブ映像すらインターネットで観れてしまう時代だ。しかし、それでも思いを共にするものが一緒になにかを作ることで新しいマジックが生まれることをまだ信じたいという気持ちは消えてはいない。『My Secret World』ぜひ見て欲しい。

Space Kelly 6年ぶりのアルバム・リリースは伝説のインディー・レーベルSarah Recordsに残された楽曲のカバー集!
ギター・ポップ・シーンで長く活動を続けているSpace Kellyが自身のルーツに立ち返ったカバー・アルバム。

10月28日発売
Space Kelly / Come To My World : a tribute to SARAH
KKV-125VL
LP+DLコード
3,850円税込

収録曲
Side A
1. Pristine Christine (The Sea Urchins cover)
2. You Should All Be Murdered (Another Sunny Day cover)
3. Are We Gonna Be Alright (The Springfields cover)
4. Killjoy (Brighter cover)
5. Emma’s House (The Field Mice cover)
Side B
1. Tell Me How It Feels (The Sweetest Ache cover)
2. Shallow (Heavenly cover)
3. Ahpranhran (The Sugargliders cover)
4. Dogman (East River Pipe cover)
5. River (BlueBoy cover)

レーベル予約受付中
https://store.kilikilivilla.com/v2/product/detail/KKV-125VL

90年代中旬から20年以上にわたってヨーロッパのインディー・シーンで活動を続けてきたSpace Kellyが2020年のロックダウンの期間に自身のルーツを振り返った時に再発見したSARAH RECORDSの数々の音源。はじめてギターを手にした日をもう一度思い出しながら振り返った時に輝きだした珠玉の名曲の数々を丁寧に磨きだしたコンセプト・アルバム。

Space Kelly
ヨーロッパを中心に90年代から活動を続ける日系ドイツ人KEN STEENのソロ・ユニット。これまでに8枚のオリジナル。アルバムと数多くのシングルをリリース、そのサウンドはいつもエバー・グリーンなインディー・ポップであり爽快でカラフルなギター・ポップ。UKインディー・シーンとは古くから交流があり、とくにティーンエイジ・ファンクラブを中心としたグラスゴーのシーンとは関係が深い。 これまでに2回の国内ツアーを行っており、彼にとって日本は第二の故郷ともいえる。

SARAH RECORDS
ブリストルを拠点に1987年に活動をスタートし1995年に最後のリリースとなったカタログ・ナンバー100でレーベル活動を停止、その活動は世界中のインディー・ファンに計り知れない影響を与えた。70年代末から80年代中旬にかけてラフトレード、クリエイション、ファクトリーなどのインディー・レーベルが次々と革新的なリリースを行い、インディー・レーベルがイギリスの音楽シーンをリードし、90年代はもはやインディー・レーベルがメイン・ストリームとなる。そんな状況の中、マットとクレアというファンジンを作っていた2人の出会いによってSARAH RECORDSはスタート。完全なD.I.Yスタイルで運営されたレーベルは世界中のギター・ポップ、インディー・ファンを虜にした。サウンドはC86と同世代の素朴なギター・ポップが中心だが、すべての作品に通底する手作りで直接語りかけてくるような感覚は他のレーベルの作品とは違い独特の趣があった。 SARAHからリリースした代表的なバンドはHevenly、The Field Mice、The Orchids、The Sea Urchins、Brighter、Another Sunny Dayなど。 2014年にはSARAH RECORDSのドキュメンタリー映画『My Secret World』が制作され2022年には映画チア部大阪支部により日本でも公開となった。

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