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小説【REGULATION】《3話》「赤面」

《3話》「赤面」

「た、助けて下さい!!宇宙人に捕まってるんだ!警察でも何でも良いから通報してくれ!」
彼女の容姿は、二十代前半と言った所だろうか。
とてもじゃないが、この状況を打開出来るとは考えにくい。
しかし俺は、藁にもすがる思いで彼女にSOSを出した。
彼女は首を傾げている。
──よし。ひとまず俺の声は聞こえている。
これで助かるかもしれない。
「──貴方。何か勘違いしていない?」
「へ…?」
そう言い放った彼女は、ゆっくりこちらへと歩きだした。
『コッ、コッ、コッ…』
コンクリートの屋上に響く、ハイヒールの足音。
座り込む俺の目の前で、立ち止まった彼女は、
いつの間にか背の丈より長い、槍の様な物を手に持っていた。
俺を囲んでいた宇宙人は、包囲を解き、三体とも俺の後ろに回った。
「あ、あのー…。一体これはー。どう言う状況なので…」
『シュッ!!』
俺の質問を遮るように、彼女は持っていた槍を、俺の喉元に突き立てた。
「黙ってその胸元に入れたものを出して」
この状況が、何が何だかさっぱり分からない俺は、ひとまず彼女言う通り、胸ポケットから銀色の玉を取り出し、彼女に差し出した。
「は、はい…」
『パシッ!!』
彼女は、荒々しく俺の手から銀色の玉を取り上げると、そのまま後ろに投げ捨てた。
『ゥオン』
「──!?」
彼女が投げ捨てた銀色の球は、その場にノイズが走るような現象と共に、先程の宇宙人へと姿を変えた。
彼女はその現象を気にも止めずに、ため息混じりで淡々と喋り始めた。
「今日あった事はすべて他言無用。もし少しでも喋ったら…今度こそこの子達と貴方を殺しに来るわ」
「……」
理解が追いついていない。
「──返事は?」
彼女はそんな俺に、再び槍を突き立てる。
俺は頭では理解していなかったが、反射的にニ度頷いた。
それを見た彼女は、突き立てていた槍をさげ、振り返り歩き出した。
俺を包囲していた、宇宙人達も後に続く。
俺は座り込んだまま大きく息を吸い、夜空を見上げ、深く息を吐いた。
──助かった…。
しかしその時、ふと俺は何を思ったのか、ポケットからスマートフォンを取り出した。
この行動に対し、俺自身の思考は全く無く、ただただ体が勝手に動く。
するとそのまま、後ろ姿の彼女と宇宙人達にカメラを向け、録画ボタンを押した。
そう。正気ではない。
『ピンっ…』
録画が開始された音が、静かな屋上に響き渡った。
スマホの画面越しに、彼女達の足取りが止まるのが見えた。
俺は恐る恐るスマートフォンから顔を上げ、彼女達を目視で確認した。
彼女はゆっくりと振り返った。
「愚かな…」
そう呟いた彼女は、槍を構え、俺を目掛け一直線に突っ込んで来た。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい!!」
彼女は完全に俺を殺しに来ている。
何が何だかさっぱり分からないが、死ぬのは嫌だ。
──いや、ちょっと待て。
俺はこれでも幼い頃から、格闘技をやって来たんだ。護身術もそれなりに覚えている。
そして相手は女性。このくらい避けて見せる。
彼女は、目にも止まらぬ速さで接近すると、すかさず持っていた槍を、俺の顔面目掛け放った。
『シュッ!!!』
「──っっっ、あぶねっ!!」
俺は彼女の槍を、間一髪の所で避けた。
そのまま反撃態勢に入れない事も無かったが、ダメだ。女性に手を出す訳にはいかない。
俺は彼女の槍をしっかりと掴み、そのまま奪い取ろうとした、その時。
彼女は俺が掴んだ槍の上に逆立ち状態になると
回転しながら勢いをつけ、再び俺の顔面目掛け蹴り込んで来た。
何という運動神経だ。
「く、避けきれねぇ…」
俺は目を瞑った。
『バシッッッン!!』
彼女の蹴りは、見事俺の顔面にクリーンヒットした。
──痛みを感じない…。
──真っ暗だ。
──死んだのか?
──いや、流石に女性の蹴り一撃で死ぬのは、ダサすぎるぞ。俺…。
──そうか。痛みを感じないのはアドレナリンが出ているからだ。思い出したぞ。この感覚…。
俺は目を開けた。
「──え?」
そこには鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした彼女がいた。
「──へ?」
それを見て同じ顔になる俺。
しばらく時が止まる。
ミニスカートを履いた彼女から、繰り出された上段蹴り。
俺は彼女から目線を落とすとある事に気がついた。
──パンツ見えてる…。
視界に突如として現れた絶景。
男はこの光景に争う事は出来ない。
何故なら反射的に、意図せぬ無意識レベルで、自分の目玉が勝手に動くのだから…。
そう。つまりこれは紛れもなく不可抗力だ。
だから一つだけ言わせてくれ。
──ありがとう…。

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「ちょっと…」
彼女は俺の目線に気がつくと、顔を赤らめながら手でパンツを隠し、後方へと距離を取った。
「何なの貴方は!?」
赤面した彼女は、複数の意味を込め問いかけて来た。
彼女の声色からも、明らかに動揺しているのが分かった。
「聞きたいのはこっちだよ!何がどうなって…」
両手を使って伝えようとしたその時、俺は右手に何かを握っている事に気が付いた。
「ん?」
そう。俺が右手に持っていたのは、先程まで彼女が使っていた〝槍〟だ。
「──嘘だろ」
俺は自分の手で槍を握っている。
勿論感覚もある。感触もある。
しかし俺は、今まさに自分の目で見ているその光景を、疑わざるを得ない。
何故なら俺は、この俺自身が、槍の重さを全く感じていないのだから…。

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