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小説【REGULATION】《6話》「相殺」

《6話》「相殺」

突如として現れた、得体の知れない宇宙人〝ルティナ・サンタ・ビトニュクス〟に出会った、翌日の朝。
『──チュン、チュン、チュンッ』
鳥の囀りが聞こえる。
──小鳥の鳴き声で目を覚ますなんて、ここは御伽噺か何かなのか?
──あ…。いや、アラームか。
俺は毎日の憂鬱なアラーム音を、少しでも気分よく起きる為に、鳥の囀りに変えていた事を思い出した。
アラームを止め起き上がる。
「──っっ…」
それと同時に、頭に激痛が走る。
この感覚…。間違いない。二日酔いだ。
困った事に、昨日の記憶がほとんど無い。
部屋の電気、そしてテレビも点けたまま。
机の上は、昨夜の空き瓶や空き缶、つまみのゴミや食べ残しで散らかし放題。
おまけにスーツを着たまま、ソファの上で寝落ちしていた様だ。
寂しい一人の晩酌で、記憶を飛ばすなんてどうかしている。
俺は頭を抱え、しばらくソファの上で、夢と現実の狭間を行き来していた。
ちなみに今日が休みだと言う事だけは、しっかりと覚えている。そう言うもんだ。
休みなのに何故アラームをセットしているのかだって?
それはこれだけ優秀な俺でも、人間は人間だ。
極めて稀に、アラームをかけ忘れる事がある。
月にニ度ほどアラームをかけ忘れ、遅刻していた俺は、出勤日だろうが休日であろうが、年中アラームが鳴る仕様にセットしていると言う訳だ。
「とりあえずシャワーでも浴びて、もう一眠りするか…」
俺はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めながら浴室へと向かった。
「──ん?」
『シャーー…』
水が出ている音がする。
「おいおい、嘘だろ。勘弁してくれよ…。シャワーまで出しっぱなしかよ」
一体いつからだろう。俺はシャワーまで出したまま寝ていた様だ。
「今月、水道代の請求書見るのが怖ぇよ…」
俺は浴室の扉を開けた。
それと同時に、浴室に蔓延した湯煙が一気に飛び出してきた。
「──へ…?」
まだ浴室に湯煙が残る中、俺は思考が停止した。
何故か?
ここは間違いなく俺の家だ。
いや、厳密に言えば俺が借りた家だ。
そしてこの風呂も、俺が借りた家の中にある、
俺の借りた風呂だ。
にも関わらず、何故だろう?
そこには浴室でシャワーを浴びる、一人の女性の姿があった。
綺麗な長い黒髪に、猫の様な顔立ち。
間違いない。
今まさに俺の前で、裸体でシャワーを浴びて居るのは、昨夜出会った自称宇宙人。ルティナ・サンタ・ビトニュクスだったのだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

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【しばらくお待ち下さい】

「私の調査の邪魔をしたんだから、これでおあいこなはずよ!」
「勝手に相殺してんじゃねぇよ!」
彼女、ルティナ・サンタ・ビトニュクスは、昨夜起きた事件の主要人物だ。
知的に見える時もあれば、アホっぽく見える時もある。
気が強いのか、弱いのか…。
演じているのか、素で振る舞っているのか…。
正直彼女の事は、まだよく分からない。
しかし少なくとも、今俺の目の前に居る、勝手に俺のジャージを身に纏い、とんび座りをしている彼女には、昨夜とはまた違った雰囲気を感じる。
「それで?何でまた君が俺の家に居いて、勝手にシャワーまで浴びてる訳?」
俺は散らかった部屋を片付けながら、彼女に質問した。
「お風呂のある丁度いい拠点を探してたの」
「探してたの…じゃねぇよ。昨日は君がとんずらこいてから、本当大変だったんだからな」
昨夜は暗く、はっきりと見えなかったが、彼女はよく見ると黒髪と表現するよりかは、限りなく黒髪に近い、深い青髪と表現した方が正しそうだった。
「えぇ。知ってるわ。一緒に居たもの」
「へ?居たの!?」
「えぇ。ここに帰宅するまでずっと」
「あれからずっと!?マジかよ。気づかない俺も俺だけど…。君、立派なストーカーだな、おい…」
彼女は頭を横に振った。
「トークンのステルス機能を使って尾行してたの。だから、貴方が私を見つけるのは元より
不可能だったわ」
「とーくんのすてるす?あー、あれか。昨日あいつらが、俺を攫った時に使ってた、見えなくなるバリアみたいなやつか」
彼女はうんうんと頷いた。
「兎に角、僥倖だったわ。あれから万が一、貴方が変な気を起こして昨夜の事をペラペラと喋らないか、監視していて正解…」
彼女は立ち上がり、背伸びをしながらこちらを牽制した。
「…何でだよ。俺は誰にも何も言って無いはずだぞ?」
「えぇ。だから僥倖だったのはそこじゃない」
「?」
「私にとって毎日のお風呂は必須なの。でも、この星でお風呂にはいるには、必ずこの星の住民がセットで付いてくる…。つまりこの星でお風呂に入るには、必ず見つかってしまうリスクが生じてしまうの」
俯瞰して見れば、ただ単純に自分が風呂に入りたいと言う願望を、真面目な顔をして語っている彼女に対し、俺は何も突っ込まなかった。
「そこで貴方よ。貴方ならすでに私の存在を認知している。さらに私の正体を明かさないと言う契約も交わしてある」
──交わしてない。
「だからここを拠点にする事で、貴方を監視する事が出来、調査もする事が出来て、お風呂にも入る事が出来る。まさに一石三鳥と言う事よ」
彼女は、得意げな顔をして腕を組んだ。
「まー…勝手に監視だの、拠点だの、俺の風呂を貸す前提で話が進んでいる事はとりあえず置いておいて、君がさっきから言ってる、その〝調査〟って何なんだ?もしかして、それが君がこの星に来た目的なのか?」
俺はお湯沸かしながら、彼女に質問をしてみた。
「そうよ。そう言えば言って無かったわね。
私はある組織を追ってるの。この件はトップシークレットだから詳しくは話せないけど、その組織はこの星に無断で出入しているの」
「無断でこの星に?」
「そう。そしてその組織は、出所不明な資金やエネルギーによって、あれよあれよと言う間に巨大な組織にまで成長した…。きっと奴らはよからぬ事を企み、実行しているに違いないわ」
彼女は爪を噛んだ。
「なるほど。じゃあ…その悪の組織?的な奴らの尻尾を掴む為に、君はこうしてこの星にやって来たって事なんだ」
「そう…」
──極秘にしては案外教えてくれるんだな。
「にしても、何でまた君がそんなヤバそうな事件の調査なんかしているんだ?」
彼女はその質問を待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、またもや得意げな顔を作った。
「見ての通り、警察だからよ!」
──見ての通りって…。
見た目はただの女の子って感じだし、見ても全く  分からない。そもそも人を取り締まる立場ならストーカーしたり、不法侵入して勝手に人の家のシャワー浴びてんじゃねぇよ…。
…とは言えず、俺は精一杯の苦笑いで返した。
「そ、そうだったんだ…」
「私は、警察は警察でも特殊警察なの。だから表沙汰になる様な事件じゃなくて、どちらかと言えば、裏で動いている今回みたいな件を主に担当しているのよ」
──やっぱりどこにでもSAT的な組織は居るんだな。
俺は陶器のマグカップをニつ準備し、インスタントコーヒーを入れた。
「そして!今回、私は独自の調査で奴らがこの星に向かう現場を発見したの!そこで、すかさず船に潜入し、ここまでやって来たって事」
──めちゃくちゃ話すな。この子。
彼女は話したい話を終え、満足している様子だ。
沸いたお湯をカップに注ぎ、一つを彼女の横にあるテーブルに置いた。
「んー。聞くところ旅行に来たって訳じゃ無さそうだし、拠点?だっけ?俺に迷惑がかから無い程度なら別に構わないけど、それが終わったらちゃんと帰ってくれるんだよね?」
俺はコーヒーを口に含んだ。
「……」
彼女はあたかも、満足げな顔のお面を被っているかの様に固まったている。
「──へ?帰らない…の?」
彼女は目に涙を浮かべ、こちらを振り返った。
「──帰りの事…考えて無かった…」
「おぃぃぃぃぃい!!!!」
流石の俺も突っ込まざる負えなかった。

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