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小説【REGULATION】《9話》「GOKURAKU」

《9話》「GOKURAKU」

「──着いたな」
四方八方どこを向いても、巨大な看板や高層ビルが立ち並ぶ、ここはまさに都会のど真ん中。
そんな街並みに、遠慮するかのように立っている、小さな赤い看板。
看板には〝ネットカフェ〜GOKURAKU〜地下1階〟と記載されている。
最後にここに来たのは三、四年前だったかな?
見たところ、その頃とほとんど変わっていないようだ。
俺は、小さな看板の横にある細い階段を降り、地下にあるネットカフェへと向かった。
階段を降りきり、自動扉が開く。
中に入るとすぐ左に受付カウンターがあり、奥には漫画がずらりと並ぶ巨大な本棚が見える。
前回来た時は、酒に酔っていた事もあって、記憶が曖昧だが、内装もほとんど変わっていない様に感じる。
俺は受付を済ませる為、カウンターの前に立った。が、一向に店員が出てくる気配が無い。
──そうだ。確か会員カードとかあったよな。
俺は店員を待つ間、散らかった財布の中から会員カードを探した。
──無いな…。多分無くしてる。
それにしても、店員が出てこない…。
「……」
「すいませーん」
「……」
「あのー」
「……」
──今何時だと思ってんだ?深夜や早朝ならまだしも、まだ夕方だぞ?どんだけ手薄なんだよ。
「──ん?」
カウンターの上に呼び鈴が置いてある。
『チーンッ』
俺は試しに鳴らしてみた。
「……」
しばらくしても誰も出てこない。
『チーンッ』
「……」
もう一度鳴らしてみるが誰も出てこない。
──っっもういい!!帰る!!
カウンターの前でリンドン、カンロン一人でベルを鳴らす俺。
店内居る他の客から、不思議そうに見られている視線を感じ、恥ずかしさと苛立ちを覚えた俺は、出口の自動扉へと踏み出した。
「──おっちゃん。店員だろ?」
「──?」
ネットカフェを後にしようとした、俺の背後から誰かが話しかけてきた。
「汚ねぇ身なりだな。おっちゃんもあれか?
家なしかぁ?」
振り返るとそこには若い少年が立っていた。
高校生くらいだろうか。
と言うか高校の制服?ブレザーをだらしなく着こなしている所を見ると、歳は間違いないだろう。
そしてヤンキー君の類だろう。
耳にはピアス、それに髪の毛が金髪…。いや、色を抜きすぎて金髪を通り越えた、白髪に近い髪色をしている。
──てか、おっちゃん…?待て待て。クソガキくん。俺はこう見えてもまだ二十五歳のお兄さんだ。
精一杯の笑顔を作り、少年の質問に応えた。
「家なしじゃない。店員は探している」
露骨に頬が引きつる。
「あっそ。まーどっちでもいいんだけどさぁ、外に出るんならもう少しマシな格好したら?」
「…うぅ」
寝起きでボサボサの髪に、寝間着のスエット姿の俺。
確かに、それに関してはぐうの音も出ない。
「トムなら裏で寝てんぜ」
「トム…?」
「あートムってのは、ここの店員の事ね。あいつ決まってこの位の時間になると寝てんだよ」
──寝てる?業務中だろ…。何て奴だ。
少年は慣れた様子で受付カウンターの中に入り、壁際にある〝STAFF ONLY〟と書かれた扉を開けた。
「ったく、どうしょうもねぇ奴だな。おい!トム!!トム!!また客が来てんぞ!」
『ガシャン、ガシャ、ガシャン』
扉の奥から何かが落ちる音がした。
「す、すいません!お待たせ致しました!」
慌てた様子で額に汗を垂らしながら、ようやく店員が出て来た。
『バシッ』
少年は出てきた店員の背中を叩き、ズボンのポケットに手を入れ、店内の方向へ歩き出した。
「あ、ありがとう。シンくん…」
店員が少年にお礼を言っている。
どうやらこの少年は、ここの常連であり、店員とも仲が良い様だ。
「も、申し訳ありませんでした。今からのご利用でしょうか?」
──…!?
何だ?何だ?この店員…。
こいつ…ガッツリ寝てましたと言わんばかりに顔に跡がついてんじゃん。
しかもこの店員…Tシャツが裏表反対じゃねぇか…。
分かりにくいデザインならまだしも、裏面の縫い目がはっきり出てきてるし、何より胸元の俺を見てくれと言わんばかりに、デカデカとプリントされた〝GOKURAKU〟の文字が反転してる…。
おまけに左の鼻の穴から、異様に長い鼻毛が一本出てるし…。
誰か教えてやれよ…。
「いえいえ。えーと。このニ時間のコースでお願いしたいんですが…」
俺はカウンター置かれたメニュー表を指さした。
「こ、こちらですね!かしこりした!」
──かしこりした?どんな噛み方してんだよ。
〝ま〟が抜けてる〝ま〟が。
「そ、それではお客様!当店をご利用頂くのは初めてですか?」
──言い直さないのね。
「いやー、確か三年前くらいに一回だけ来た事があったんですけど、会員カード的なものは無くしてるみたいで…」
「か、かしこりした!」
──デフォルトかよ!!
「そ、それではお客様の、お名前とお電話番号をお願いします」
店員が喋るたび、左の鼻の穴からオフサイドしている鼻毛が戦いでいる。
──いちいち気になる店員だなぁ…。
俺は店員の言動や仕草、身なりに気を散らされながらも、諸々の手続きを済ませ、ようやく店内に入る事が出来た。
中に入ると店内は思った以上に広く、入り口から見えていた大きな本棚が、人がすれ違える程のスペースを確保しつつ、無駄のない配置で並べられている。
さらに奥には、パテーションで区切られた半個室がずらり。
天井に吊るされた案内板には〝トイレ〟〝ドリンクバー〟に〝ダーツ、ビリヤード場〟や〝シャワールーム〟と、色々書いてある。
シャワールームまで完備されているとは驚きだ。
俺は自分の番号が記載された半個室を目指しつつ、漫画が並ぶ本棚をざっと見渡した。
──うっわっ!!
〝忍者大戦〟に〝死神物語〟じゃねぇか!
懐かしいなぁ。俺の青春時代に色を添えてくれた名作中の名作。
どっちも漫画は全巻持ってるけど、今の家には置く場所が無いから、実家に置いてるんだよなぁ。あ、〝海賊秘宝〟は今でも愛読中だ。
「──!?」
おいおい。こっちの棚には〝鉄の錬金術師〟に〝灰色のエクソシスト〟じゃん!!
くぅー。ネットカフェ最高!!
…はっ。
俺は一体何をしている…。
こんな事をしに来たわけじゃ無い。
俺は懐かしの漫画を読みあさりたい気持ちを抑え、自分の番号が記載された半個室に入った。
「──へー。広いじゃん」
中には座り心地が良さそうなゲーミングチェアに、大きな画面のパソコンが一台。
個室の中も思ったより広く、ゆったりと足を伸ばす事が出来そうだった。
俺は早速椅子に座り、座り心地を堪能した。
「こりゃ最高だな」
最高の椅子に、最高のパソコン。俄然やる気の出てきた俺は、早速宇宙人調査と言う名の調べ物を始めた。
──まずは…。えっと…。
へ?ちょっと待てよ。宇宙人についてって…。
何から調べればいいんだ?
いや、大丈夫だ。落ち着け俺。時間はたっぷりある。何でもいいから思いついた事を検索してみよう。
そうだなぁ…。
よし。とりあえず〝う、ちゅ、う、じ、ん、の、れ、き、し〟っと。
タイピングが苦手な俺は、両人差し指のみを使い、キーボードで文字を打った。
なになに?
〝宇宙人は、地球外生命のうち知性を持つものの総称である。異星人、エイリアンともい…。〟
「おっちゃん、宇宙人何か信じてんだ。ウケる」
「──!?」
振り返ると、半個室のパテーションの上に、肘をもたれかけニヤついた、先程の白髪少年が居た。
「君か…。あのな…。さっきは確かに助かった。ありがとう。でもな、今は辞めてくれ。大人は忙しいんだ。邪魔しないでくれ」
「へー。忙しいんだ。宇宙人について調べるのがぁ?」
この少年…。完全に俺の事を舐めてやがる…。
俺は眉間にしわを寄せ、少年を睨みつけた。
「そう怒んなって。ちょっと気になってさ」
「何が?」
少年は急に真面目な表情を作った。
「いやー。おっちゃん…。俺の事見えてんだなぁーって思ってさ」

「──へ?」

そう。これが生意気なクソガキ。
御上眞太朗(ミカミシンタロウ)との出会いだった。

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