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小説【REGULATION】《8話》「butterfly effect」

《8話》「butterfly effect」

その時、

一匹の青い蝶が羽ばたいた…。

俺が目を覚ましたのは、その日の夕方だった。
ベットから体勢を起こした俺は、座ったまま時間を確認した。
時計の針は十六時四十五分を指していた。
──良かった。あと一分早く起きていれば、嫌な気分になっていた所だった…。
俺は両手を上げ、目一杯背伸びをした。
「んー…」
随分と長い二度寝をしてしまった様だ。
お陰で頭の痛みは和らぎ、疲れも取れ体が軽くなった気がする。
「──あれ?」
俺はある事に気がついた。
「あの子が居ない…」
俺がベットに入った時、彼女は確かにテーブルの上に顔を伏せ寝ていたはずだ。
──何処行ったんだろう?
彼女が居たはずのテーブルには、彼女が着ていた俺のジャージが綺麗に畳まれて置いてある。
「──あ…」
それに寝る前まで手を付けていなかった、コーヒーの入ったマグカップが空になっている。
調査?…とやらに出かけたのだろうか?
まぁ、俺の気にする事じゃない。
俺はベットから降り、冷蔵庫を確認した。
「しまった。そう言えば寝る前、水全部飲んじまったんだった…」
寝る前一気に飲み干したあの水が、この家にある最後の水分だった様だ。
「仕方ない、コンビニ行くか」
俺は寝間着のスウェットのまま、財布と鍵だけをポケットに入れ、近所のコンビニへと向かう事にした。
マンションを出ると、十二月と言う事もあってか、辺りはすっかり日暮れの雰囲気。
今日は、世間一般的にはごく普通の平日。
しかし、俺にとっては休日だ。
街にはケータイ片手に、慌ただしく動き回るサラリーマンや、買い物に追われる主婦達の姿が散見する。
俺はそんな彼らを横目に、街の色とはそぐわない寝間着のスウェットと言うだらしない格好で、特に急ぐ事もなく、だらしなく歩きコンビニへと向かう。
もしかすると俺は、歪んでいるのかもしれないが、正直この瞬間が一番休みを実感する事が出来る。
周囲の人間がせっせと働いている中、俺だけが休み。何をするにも俺の自由。
当然だ。何故なら今日の俺は、休みなのだから。
「──おっと。事故か?」
コンビニまであと少しと言う所の交差点で、乗用車三台が絡む事故が起きているようだ。
パトカーが三、四台集まり、警官数人が交通整理をしている。
──仕方ない、遠回りするか。
俺は少し遠回りになる、普段はあまり通らない道でコンビニに向かう事にした。
少し歩くと、バス停に一台のバスが止まった。
『プシュー』
「すいません!今バスを降りました。…はい。そうなんです。事故があったみたいで…」
サラリーマンがハンカチで額の汗を拭きながら、ケータイ片手に走り去って行く。
──大変だなぁ。
「やっと着いたな!つか、昨日の都市伝説見たかよ?お前宇宙人とか本当に居ると思う?」
「いる訳ないだろ、そんなやつ」
続いて大学生か?ニ人の男性が楽しそうに会話しながらすれ違った。
「……」
──ちょっと待てよ。
そう言えば、何気なく休日を満喫してるけど、俺は昨夜、この目で宇宙人を見たんだ。
何なら会話もしたし、一方的ではあったが戦闘もした。
そして今は、何故か俺の家に居着いている…。
今そこら辺を歩いている人達は、宇宙人を都市伝説として、テレビなんかでは見た事があっても、実際に見た事のある人間は、恐らく居ない。
と言うより宇宙人が実在すること自体、信じて居ない人がほとんどだろう。

〝宇宙人を知っているのは地球上で俺ただ一人だけ〟

そうだ!今この地球上で宇宙人が発見されて居ない所を見ると、宇宙人を見たり、話したりと、その存在を確認出来たのは俺だけ。
誰も知らない…。
俺しか知らない…。
「……」
改めてこの事実を整理した所で、俺は心の奥底から込み上げてくる優越感と共に、高揚感、多幸感に包まれ、体の中心から熱くなる物を感じ、自然と笑みが溢れた。
街行く人々から浴びせられる、冷たい視線。
それもそのはず。
何故なら俺は、都会のど真ん中から少し外れているとはいえ、それなりに人通りが多い道の真ん中で、スウェットと言うだらしない身なりをし、一人立ち止まりニヤニヤしていたのだから。
しかし俺は、そんな視線を気に留めず、ギュッと拳を握りしめた。
「調べてみるか…」
俺はその湧き出た熱、エネルギーを〝宇宙人調査〟に当てる事にした。
〝調査する宇宙人を調査する〟
面白そうじゃん。
早速俺はスマートフォンで、近くの図書館を調べた。
こんな時はやっぱり図書館だ。
もうかれこれ十年以上行って居ないが、こう言った調べ物と来たらここしか無いだろう。
映画や漫画なんかで良く目にする、主人公が真相究明するシーンでは、必ずと言っていいほど訪れる場所だ。
「まずは形から…って、げ…」
スマートフォンのナビ機能が表示したのは、一番近くの図書館。その距離大凡二十キロメートル…。
隣町にしかない様だ。
「んー…」
確かに調べ物程度であれば、このスマートフォンで調べれば、信用出来る情報か否かはさておき、いくらでも出てくる。
が、それではいまいち雰囲気が出ない。
俺はいつもそうだ。
昔から何を始めるにも、まずは〝格好〟や〝形〟から入りたい主義だった。
健康の為、毎朝ランニングをしようと思いつけば、その足でスポーツショップに向かい、ランニング用のウェアとシューズを購入する。
ゴルフを始めようと思い立てば、その日のうちにクラブからボール、キャディバックは勿論の事、ゴルフ用のド派手なウェアや帽子、手袋などフルセットを揃えた。
無論、この瞬間の俺は今後続くかなんて事は、一切考えていない。
だから、買い揃えた服や道具も、実際に使用するのは数回程度で、無駄になる事もしばしば。
「せめてパソコンでも持っていればなぁー」
道のど真ん中でブツブツと独り言を呟く、俺。
道行く人々は、そんな俺を避ける様に距離を取る。
考え事をしたり何かに集中すると、周りの声や音が聞こえなくなる。これも昔からだ。
「──そうだ…!ネットカフェ…。あそこなら雰囲気が出そうだ!」
いつぶりだろう。ネットカフェ何て…。
こっちに越してくる前、確かあれは、俺が二十か二十一歳頃、会社の呑み会終わり、終電を逃した時に行ったのが恐らく最後だ。
「久しぶりに行ってみるか!」
ネットカフェまでは、徒歩十五分と言ったところだろうか。それ程離れて居ない場所にあったはずだ。
俺はコンビニに向かうはずだったそのままの足で、ネットカフェに向かう事にした。

あの日、あの時、あの瞬間。
大人しくコンビニで水でも買って帰宅すれば、俺の運命も少しは変わって居たのかも知れない。
いや、あれは大学生達があんな話をするからいけないんだ。
ん?その前に事故を起こした奴らのせいか。
あの事故のせいで遠回りしたんだ。
んー。いや違う。そもそも俺が、パチンコ玉宇宙人を拾わなければ、こんな事にはならなかったんだ。
まぁとは言え〝たられば〟何て、言い出せばキリがないし、考えた所で何の意味も無い。
ギャンブル好きの俺は、痛い程味わってきたはずだ。

鼻歌まじりの軽い足取りで、ネットカフェに向かう俺。
そう。
この時の俺は何も知らない。
これから待ち受ける、前途多難な運命。
その黎明告げる、小さな小さな運命の歯車が、今ゆっくりと動き始めた事に…。
そして誰も知らない。
今動き始めた小さな歯車は、やがて大きな歯車をも動かす事になると言う事を…。

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その時、

一匹の青い蝶が羽ばたいた。

彼はどこに行くのだろう。

右へ左へゆらゆらり。

蜜でも探しに行くのかな。

蝶が飛び立ったその場では、わずかに木の葉が揺れている。

その頃地球の裏側では

巨大な竜巻が巻き起こっていた。

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