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企業法務における、誹謗中傷対応のこれまでとこれから

誹謗中傷が社会問題になる中、企業視点での物言いはあまり見当たらなかったので、ブログや掲示板等の投稿型のサービスーいわゆるSNSCGM(Consumer Generated Mediaの略)を運営する会社の法務として、誹謗中傷と向き合ってきた経験を書くことにした。

まずは定義を確認しておきたい。


誹謗中傷…根拠のない悪口を言いふらして、他人を傷つけること。
誹謗…他人を悪く言うこと。そしること。
中傷…根拠のないことを言いふらして、他人の名誉を傷つけること。
by デジタル大辞泉

コトバンクで調べてみたところ、誹謗中傷だけはデジタル大辞泉以外の検索結果が出てこないので、正確に定義が確立していない言葉のように思える。それゆえ、広い曖昧な意味で使うことができ、使い勝手の良い言葉なのかもしれない。

サービスの利用規約でも、大体「誹謗中傷」は禁止行為に連ねられており、違反した場合は、投稿を削除でき、悪質な場合はアカウントの停止等も行使できるようになっているのが一般的である。

Twitterの場合

①暴言や脅迫、差別的言動: 人種、民族、出身地、社会的地位、性的指向、性別、性同一性、信仰している宗教、年齢、障碍、深刻な疾患を理由とした他者への暴力行為、直接的な攻撃行為、脅迫行為を助長する投稿を禁じます。また、このような属性を理由とした他者への攻撃を扇動することを主な目的として、アカウントを利用することも禁じます。

②Twitterは、個人を、繰り返し中傷、差別し、一部の国や地域で規定されている保護対象のカテゴリーの人々を非人間的に扱い、貶め、彼らに対する否定的または有害な偏見を助長する目的を持ったコンテンツの標的にすることを禁止しています。

暴言や脅迫、差別的言動に対するTwitterのポリシー より抜粋

世界中で最も多くの罵詈雑言・誹謗中傷が存在するTwitter(偏見)には様々な規約やルールが定められている。

①には「~~を理由とした」という表現がある。②にも特定の保護対象を意識しているが、それ以外については「繰り返し」中傷というように少しだけ限定している。

差別やヘイト表現を許さないという姿勢は明確にした上で、個人的なレベルのものまで過度に制限をすべきではないという線を引いているようだ。

Facebookの場合

弊社では、すべての人の尊厳と権利は平等だと考えています。利用者が他の人の尊厳を尊重し、嫌がらせや誹謗を行わないことを望んでいます。
Facebookコミュニティ規程 より抜粋

Fecebookのコミュニティ規程は、かなり人間味が感じられる。Facebookの目的として「常に誰もが自由に表現し発言できる場を作ること」という事があることに触れた上で、禁止行為については抽象的な表現にとどめている。イラストも交え平易な文章で書かれているのが印象的である。また、機能として身を守る方法を記しているのが興味深い。

noteの場合

他の利用者を不快にさせる行為を行うこと
note総則規約 禁止事項より抜粋

このサービス「note」の利用規約で誹謗中傷対応に引っ掛けられそうなのは上記ぐらい。ただ、世の流れを感じてか、最近、以下のような仕組みを早々に取り入れている。

世界規模の2サービスは、しっかりと誰にでも分かるようなページをこしらえて、自らの姿勢を明確にしている。他方で、日本のサービス(小さいサービス)では、禁止事項等に「他者を不快にさせる行為」、「他者を誹謗中傷する行為」等、広い意味を持つ言葉を書いておき、規約違反の該当性はサービス運営者が恣意的に判断して柔軟に対応できるように作られている。

運営会社の削除対応

CGM運営会社のサポートセンターには、日々多数の規約違反の通報やお問い合わせが届く。そして、サポートセンターは社内のガイドライン等に沿って、削除可否を判断し、削除対応等をする。

各社の削除基準はまちまちだが、規約において、利用者が違反行為の判断を運営側に委ねている限り、運営側に都合よく、恣意的な判断で削除しても、基本的には問題にはならないのである。

ただ、それはサービスの質や志には影響する。何よりもコミュニティの平和を重視するならともかく、表現の場を提供する事を重視するのであれば、一方的に投稿内容を削除されてしまうサービスを、利用者は使いたがらない。

Twitter や Facebookは、実際はどうあれ、誰もが自由に表現できる場を作ることで世界を良くしていくというような理想が掲げられているし、実際に社会的影響力もある。だからこそ、表現の自由を制限することには慎重になる。

幸か不幸か、私が関わったCGMサービスを運営する会社も、近しい志があった。しかし、このスタンスは非常に難しく、板挟みになりがちだ。何をどこまで言ったら削除に値するのか、何度も社内ガイドラインを更新した。

消さないという判断をした場合には、通報者や、インターネット上に名前を出されて批判や誹謗中傷をされた人(以下「被投稿者」)から罵られることもままあった。

プロバイダ責任制限法

ここで助けになるのが、プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)だ。

この法律には、プロバイダ等(一般的なプロバイダだけでなく、CGMやSNSの運営者も含まれる)に対する送信防止措置の申出(いわゆる削除請求)や、発信者情報開示請求(投稿者等の個人情報の開示請求)の手続きが定められている。

誹謗中傷の被害者のための法律と捉えられることも多いが、プロバイダ等は、これにそった対応をしていれば損害賠償責任を免れますよ、という側面が大きい。この法律は、プロバイダ等に削除義務や開示義務を課す性質のものではない。

送信防止措置の申出の実際

いわゆる削除請求だが、これは非常にシンプルであり、被投稿者にとっても成功率も高い。手順は簡単。

1.被投稿者が、送信防止措置の申出の書面をプロバイダ等に送る

2.プロバイダ等は、書面と実際の投稿を見て、権利が侵害されていると判断したら削除。判断に迷ったら発信者(書いた人)に問い合わせる。

3.7日以内に反論がなければ、プロバイダ等は当該削除を消してOK(削除しても責任は問われない)

これだけである。サポートセンター等に問い合わせても対応してくれない場合は、書面を送り付ければ、7日以内に解決できる。ただし、プロバイダが無知かつ不誠実な場合は除く。

弁護士に頼らなくても、書式が以下のページにも載っているので、それに沿って、ある程度丁寧に書いてあれば十分審査対象となり、受け付けてもらえるはずだ。ペラ1でも大丈夫。

ただし、これを送り付けた場合、発信者(投稿した人)に照会が行く場合が多いので、被投稿者がそういう請求をしたことがバレてしまうというのがデメリットである。

また、軽い気持ちで投稿した人はまず反論はしてこないが、ジャーナリズム精神を持って投稿した人等からは反論が来ることがある。そうなると、なかなか削除には至らない。

発信者情報開示請求

個人情報を開示するハードルはプロバイダ側にとって極めて高い。そのため、送信防止措置の申出とは違い、発信者情報開示請求は、素人が請求しても、まず成功しない。

一定の要件で、プロバイダ側が開示した場合の免責規定はあるものの、その要件(主に権利侵害の明白性)判断は困難であり、誤った判断で悪意のある者に個人情報を開示してしまえば大問題である。

そうなると、プロバイダとしては迷ったら開示しないという判断になる。私の経験では、リベンジポルノ案件だったり、誰がどう見ても悪質な権利侵害に当たると言える場合は、開示することもあったが、それは稀なケースだ。

訴訟の場合

何がなんでも個人を特定して責任を取らせたいとなると、やはり訴訟しかないだろう。いざ訴訟に踏み切ったとしても、プロバイダ等が情報を持ってなかったり削除してしまったりすることもある。

しかし、他方で、さくっと仮処分請求が通る場合もある。開示できませんと回答した相手方が訴訟してきて、確か1ヶ月と経たず「発信者の情報を仮に開示しろ」と命令が来たこともあったと思う。「仮に開示ってなんやねん」と思いながらも、裁判所の命令に従う事に異存がありようもないので、速やかに対応することになる。

警察を頼った場合

また、プロバイダ等には警察から、任意開示の請求(捜査関係事項照会書等)を受けることがある。しかし、プロバイダ等のポリシー次第では拒否されることも多いだろう。

警察の言われるがままに個人情報を任意開示して、炎上した企業もある。個人情報の開示には、特別の慎重さが求められるのだ。

事件性があれば、警察は裁判所を通じて「差押許可状」を取れば良いだけだ。強制力のある方法で申し立ててもらえれば、どの会社も黙って従える。ただし、これは書かれた内容の悪質さ(違法性)や警察のやる気により、結果が異なってくる。

最後に

他人に「死ね」だの「嫌い」だの書く行為は極めて低俗で価値がない。しかし、そのレベルの「誹謗(悪口)」は数が増えることで、人を追い込んでいくが、現行の法律で抑え込むのは難しい。かといって、その低俗で価値がない行動を根絶するために法律を厳格化しても、さほど効果的とは思えないし、恣意的な運用がされるリスクも大きそうだ。

今回noteが対応したように仕組みで利用者の行動を変えていくこと等、サービス提供者が考えるべきことは多い。サービス提供者は、利用者が自分にあったサービスを選べるよう、理念(有用性)だけでなく、加害者になるリスク・被害者になるリスクを説明し、対策をセットで提供していくのが良いだろう。




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