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全てを失い現代サバイバル。母1人子3人。

別れようと言われた時が別れ時
そう確信した私は、親への報告後すぐに離婚届を取りに行った。

そして義母にも話し、家を出る事を告げると初めは驚かれたけどだんだん表情も変わり

分かりました。
ただ宮古島に送った家具家電はもうこっちに送り返せないし、この家の物は持って行かれたら困る。
自分の物だけ持って出て。


そう。私が買ったり親に買ってもらった洗濯機や冷蔵庫は宮古島で相手が生活する為と、こちらに置いていても置き場がないからと先に宮古島に送っていて義母宅に持ち込んだのは長女の勉強机と布団と服のみ。

義母の住んでいる家に私たちが途中から入ったから、必要最低限以外全て処分や配送してしまっていた。

そして義母は私に

あなたも私と同じ苦労をすればいい。

義母は次男である相手が産まれてすぐに、旦那さんが愛人を作り出て行っていた。

でもずっと離婚は拒否し30年近く別居婚…いつも私は女手1人で2人の子を育てた!そう言っていた。

確かに大変だと思う。
でも義父はそれなりの会社の社長。月36万の養育費と一軒家、車も与えられ、働かなくても好きに子育てをしてこれた義母。

同じ苦しみ???

相手は無職、養育費も払う気は無し。
子ども3人。家具家電すらなく服と布団だけ持って放り出される私はあなたと同じ苦しみ???

いやいやこっちのが全然ハードモードやん

ここまでくるとちょっと笑えた。
言ったところで話にもならないのは目に見えてたから、結局何も言わず今までありがとうございました。

それだけ伝え翌日家を出ると告げた。

免許も無い私は引っ越しどうしよう…それで頭がいっぱいだったけど、当時

そんな傷の舐め合いの場所作る意味が分からない

と、猛反対されていたけど私はそんなの無視して、発達障害の子を持つママの為の親の会の代表として親の会を立ち上げていた。

その親の会のメンバーで仲良くしてくれてたママ達にお願いしたら急な事なのに

いくらでも手伝うから!車も出すし!とみんなが手伝いに来てくれた。

今でもそのママ達には感謝してもしきれない。

勉強机と、服と、布団。

この3つだけ持って私は子ども達との新しい人生をスタートさせた。

あまりにも急で転校するにも手続きもできず、それから少しの間長女は毎日自転車とバスで学校にかよったけど、やはり大変すぎて中途半端な時期に転校をした。

次女も急に家が変わり荒れるかと思ったけど、子どもなりに何か感じたんだろう。特に何もなく過ごした。

離婚の手続きって思ってるより色々あるし、精神的にもくる…離婚の事でバタバタしてた時1ヶ月かからず14キロも痩せて本当しんどかったけど、離婚ダイエットだと前向きに捉えた。

離婚して痩せて綺麗になる!
私の人生再スタートだ!ってね

でも現実は別れてから半年程、冷蔵庫も洗濯機も無い生活を送った。そんな余裕なんて一切なかったから。

長女の家庭訪問の時なんて机すらなくて先生とダンボールを挟んでお茶を出して話した 笑
(当時は家庭訪問も家に上がるスタイルだったから)

洗濯機も冷凍庫もガスコンロも…ないって想像できる?

本当めちゃくちゃキツいから 笑

今でこそ笑えるけどガスコンロや冷蔵庫、洗濯機…そして電子レンジ…これらに日々どれだけ助けられてるか
マジで感謝しかない!
ありがとう家電達!!!

カセットコンロでなんとか料理し、冷蔵しなきゃいけないものは父から借りたクーラーボックスに入れ、机すらないから段ボールの上でみんなでご飯食べる

この発展してるはずの現代においてまさにサバイバル生活

その後、いとこが一人暮らし時代に使っていた冷蔵庫と電子レンジをもらった時は本当生活レベル急上昇!

2ドアの小さな冷蔵庫だったけど、結局その後約8年お世話になった。

本当に何も無いけど、私は自由を手に入れた。

初めは悲しんでいたパパっ子だった長女も、別れてからの方が楽しいね!って何気に言ってくれた時、私は別れて本当に良かったと思った。

子どもの為に別れれないって思っていたけど、子どもに喧嘩を見せたり、人を馬鹿にするところばかり見せるくらいなら別れた方が良かった。

そう思った。

子どもの為…生活の為…離婚なんて出来ないって思ってる人が居たら私は言いたい

出来ないんじゃなくてしないだけだって

確かに1人で子どもを育てるのは大変。
でも居ない方がいい相手っているし、我慢して過ごすくらいなら別れて子どもの事だけ考えて生きる方がよっぽど楽で、よっぽど楽しく、よっぽど子どもの為だって。

私も気づくまで10年もかかったけど、あの時別れて本当に良かったと思う。

その1年後…相手は長女の小学校の卒業式には来たいと言うからその時再会した時

もう一度やり直したい。今度こそ頑張るから

そう言われた時私は心底この人は何も変わらないし、今更何を言っているんだろと。
私の中でもう拒否反応しかなくて

それは絶対ありえないし、私はもう2度とあなたと一緒に生活をする事も助けを求めることもない。

そう笑顔で伝えて帰宅した。

その後も何度か

そんな強がらないで欲しいとか、もう一度チャンスをって連絡が来たけど私が何かを返す事はなかった。

以前ならそんなに言うなら…って揺らいでたけどもう揺らぐことは一切無かった。


今日はここまで!

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かとまな

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