遠い衣擦れ
こどもたちの夢を妨げぬよう声を殺して
あなたが部屋を出るカーディガンの
小さな衣擦れ
それはかつて路地裏の母屋の夜更けに
針仕事をするあなたの母のセーターに
生まれた音だった
こどもたちは眠りのなかにその音を聴き
おとなになった自分たちを夢に見ながら
おそろいのパジャマにつつまれている
こどもたちの小さなパジャマの衣擦れは
裏の林の木々の葉擦れと戯れながら
土に舞う落葉とーカサコソーわらいあっている
あなたはその声をききながら衣装棚を開け
母の残したセーターのうえに 自分の
カーディガンを重ねている
あなたの母はそんな衣音を拾いあつめて
谺にしながら わが子たちの寝顔を
遠く見まもっている
夜が明けるまでのわずかな刻に起こる小さな衣擦れを
木々のさざめきとともに 街のざわめきとともに
わたしたちはきいている
夜ごときこえるその小さな温もりを胸に仕舞って
わたしたちは新しい一日を生きている
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