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20231206

 KADOKAWAが一月に刊行を予定していたアビゲイル・シュライアー『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』(岩波明監訳)の刊行を中止すると発表した。原題は『IRREVERSIBLE DANAGE:The Transgender Craze Seducing Our Daughters』で、「不可逆的ダメージ:娘を誘惑するトランスジェンダーの熱狂」といった直訳になる。比較してもタイトルに悪意ある扇動的なものが見て取れる。内容紹介も「幼少期に性別違和がなかった少女たちが、思春期に突然〝性転換〟する奇妙なブーム。学校、インフルエンサー、セラピスト、医療、政府までも推進し、異論を唱えれば医学・科学界の国際的権威さえキャンセルされ失職。これは日本の近未来?」といったもので、当然ながらこの告知があった時からSNSなどで批判が殺到した。KADOKAWAの学芸ノンフィクション編集部は「タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ござません。」と謝罪文をHPで発表した。
 批判は最もであり、内容も科学的見地というよりは、現象の数値と親族の証言による極めて客観性を欠くものらしく問題は明らかだった。それでも、翻訳も終わり刊行日が決まっていたものを、いち大企業がその契約をあっさり反故にしたという事実は出版業界にとって大きな問題を示している。普通に考えて今回の反応は安易に予想できたはずである。にもかかわらず、SNSの反応だけで彼らは刊行中止を決めた。つまり一冊の本を刊行して、それを世に問うという矜持なく、ただ話題になりそうだという発想で刊行を決定したという証左である。これが何を意味するか、出版はすでに中身の精査なく話題、SNSの反応を主として刊行する姿勢――こういった売り上げ数値目標のような経済資本主義的価値観を思想家の東浩紀は、黒瀬陽平の著作『情報社会の情念』に登場する「運営の思想」と呼んだ――が蔓延しているということではないか。つまり、いくら内容が良くともそんなものは二の次で、作者が無名なら彼らに生きる道は開かれていないということだ。これは文化の根幹を為してきた独自の作品を作ろうとするクリエイターの試みである「制作の思想」が「運営の思想」に飲み込まれたということだ。

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