20231218

 西川美和監督の映画『すばらしき世界』を観た。『身分帳』というノンフィクションに記された実話を基に、元極道だった男が殺人事件の刑期を終えて社会復帰の中で、社会の理不尽にさらされながら周囲の人間との交流で自分自身を見つめ直す。こう書くと、とてもありきたりな人情劇のように思われてしまうが、西川監督の描く人物像は誰一人善人がいない。そこに描かれているのは、ただひたすらに人間の弱さと、それでも許してしまう弱さの裏返しのような愛である。役所広司演じる主人公は、短気で真っ直ぐな気質な為に様々なトラブルを起こす。ハイライトは、長澤まさみ演じるテレビディレクターと、主人公を追ったドキュメンタリーを依頼された小説家を目指す、太賀演じるフリーライターの三人が会食した帰り道でチンピラとひと騒動を起こした主人公を撮影させようとするディレクターを振り切り、逃げ去ったフリーライターが追いかけたディレクターに罵倒される場面だ。ディレクターはカメラを投げつけて「撮らないんなら、割って入ってあいつ止めなさいよ。止めないなら撮って人に伝えなさいよ! 上品ぶって、あんたみたいなのが一番なんにも救わないのよ!」と吐き捨てる。確かに彼女の正論は最もだ。だが、あそこから逃げる彼だからこそ、普通になろうとする主人公を最後まで書く決心ができたのではないか。就職が決まった介護施設では、知的障害者を陰湿にいじめる別の地獄がある。そこで主人公は短気を抑えて無理やりに笑う悲しい適正能力を見せる。タイトルには明らかに皮肉が込められている。最後の「あなたには生きにくい世界だったでしょう」と彼の身元引受人となった弁護士の妻がつぶやく台詞が虚しく心に響いた。

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