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真珠のピアス

真珠のピアス 
作詞 / 作曲:松任谷 由実
編曲:松任谷 正隆
1982年発売 アルバム「PEARL PIERCE」より


真珠のピアスが似合う人への憧れは、
軽快で印象的なイントロで始まる
この曲の影響が大きい。

” 肩にアゴをのせて 耳元でささやくわ
私はずっと変わらない
背中に回す指の力とはうらはらな
あなたの表情が見たい  "

松任谷由実 アルバムPEARL PIERCE  「真珠のピアス」より引用

もうすぐ終焉を迎えようとしている男女の
とあるワンシーン。

なんとなくムッとした生暖かい空気が
肌にまとわりつくような感じの、
6、7月頃の夜明けの一幕を
私は勝手に想像している。

「抱きしめて」とか「終わり」だとか
直接的な言葉は一切使っていないにも関わらず、
むしろそれ以上にリアルな様子が感じ取れる。
登場人物の心理状況とその姿が
くっきりとした輪郭で浮かび上がり、
この2人の温度さえも
鮮明に脳裏に焼き付く。

冒頭から惜しげもなくユーミン節炸裂である。
いきなり舌を巻いてしまう。

「私はずっと変わらない」と主人公が囁くのは、
最初はほんの少しだった2人のボタンのかけ違いを、月日がだんだんと大きく助長させてしまったせいかもしれない。
変わってしまったのは、彼の方だ。

"いつでも戻ってきて良いんだよ"という意味も少し含ませたような、
虚しい保険を用意してあげるような主人公の気持ちに対して、
応えるつもりのない彼。
その顔を見ずとも、主人公はよく分かっている。

" もうすぐかわいいあの女(ひと)と
引越しするとき気づくでしょう "

松任谷由実 アルバムPEARL PIERCE  「真珠のピアス」より引用

彼はすでに別の女性に心変わりしており、
目の前の主人公への気持ちは冷めている。
( 主人公は最初から彼女がいる彼を承知でそういう関係を請け負っていたのか、
それとも途中から二股をかけられていたのかは断定できないけれど、
なんとなく後者な気はする。"あの"女、という言い方から、相手の顔は一方的に見知っているのだろう )

ひとつ確かに言えることは、
この主人公がとても都会的で洗練された、こなれ感のある女性像であること。
私は平成生まれだが、この曲が発売された80年代初頭のことを調べると、
当時ピアスを開ける事はまだまだ一般的ではなく、もっぱらイヤリングの方が主流であり、ピアスホールを開けてる人といえば
帰国子女か留学生ぐらいのものだったらしい。
もちろんピアスというもの自体、
売っている店も限られていたであろう。
そんな時代に、まして真珠といえば
主に冠婚葬祭に身に付けるジュエリーであったはず。
それを80年代に、普段使いとしてカジュアルに"真珠のピアス"を嗜む主人公は、
すごく軽やかで颯爽とした、
粋で洒落た香りを纏う人だと思う。
現代だったら、&Premiumの"スタイルのある人"特集とかに出てきそうな、そんな雰囲気。
自分に何が似合うかを知っていて、自分なりの美意識をしっかり持っている人。

そんなおしゃれで良いオンナ風を漂わせる主人公を差し置いて、
彼はかわいい本命に心奪われている。
おそらく家庭的で、何をしても笑顔で誉めてくれて、
一緒にいて安らぐふんわりした感じの子なのであろう。
主人公には「いつか一緒に住もう」と言って、
大事にとっておいた広告が色褪せるほど長い間
うやむやにしてきたはずの同棲を決意させ、
これからいそいそと一緒に引っ越しの準備をするほどに。
( 股をかける場合、決まって正反対のタイプ説何なんだろう… ここは勝手な妄想だけど)

そして曲の冒頭から繰り返される、かの有名な大サビ。
世の男性達を震撼させる
"実録!恐怖のピアス片方彼氏のベッド下投げ捨て"
君臨である。

" Broken heart 最後のジェラシー
彼のベッドの下に片方捨てた
Ah…真珠のピアス "

松任谷由実 アルバムPEARL PIERCE  「真珠のピアス」より引用

このフレーズの興味深い所、
それは、この曲を聴く側が男女で受け取り方が異なることだと思う。

男性側の、ただひたすら
「ヒェッ 女の執念まじ恐怖だわ」という背筋がゾッとするような拒否反応に対し、
女性側から見た主人公のこの行動は
「あーでもなんかわかるかも、その気持ち」とわりと寛容になれる。
無論実際に自分ではそんな事しないまでも、
女心の奥底で静かに燻るものとして、
こういう気持ちは大なり小なり存在し得るような気がする。

最後の嫉妬心と決別の気持ちで
夜明けに彼のベッド下に投げた、
片方の真珠のピアス。
もしかしたらこのピアスは、
彼からのプレゼントだったのかもしれない。
そしてこの真珠のピアスは、
きっと1番のお気に入りで出番の多かった
主人公のトレードマーク的な存在だったのではないか。

引越しの最中、ベッド下からこのピアスを偶然見つけた彼の胸に、
少しだけ波紋を残したい。
もはや新生活のことしか頭になく、浮き足立っている彼に
私と一緒にいた過去のひとときを
その一瞬だけでも心にかすめてやりたいという無言の小さなアピール。

ジェラシーからの行動ではあるものの
不思議とそこに怨念のような重みはなくて、
(ユーミンのあっけらかんとした歌い方と、このメロディーのおかげかもしれないけれど)
どちらかというと拗ねて溢す涙ぐらいの
「フン…何よ」くらいの感じのものというか、
粋な引っ掻き痕の残し方であるとすら思う。
いつか一緒に住めたらいいなと夢見た高台の部屋の広告を、
感情むき出しにキーッと破り捨てるのでなく、
わざわざ紙ヒコーキにしてひらりと飛ばすような女である。
折ってる最中や飛ばす時、絶対遠い目をしながらぼんやりと鼻歌とか歌ってそうな気配すらある。

"どこかで半分なくしたら
役には立たないものがある"

松任谷由実 アルバムPEARL PIERCE  「真珠のピアス」より引用

ピアスは、片方失くせばもう二度と出番がない。
それぐらい、"対"であることに大きな意味がある物の代名詞なのだ。

片割れになってしまったピアスと
1人になった主人公を重ねた比喩が儚く美しくて、
ひとつの物語のシーンの切り取り方が、
ユーミンお得意のアーバンチックな煌めきを放って
"真珠のピアス"という存在が心象風景の中に色濃く残る
流石としか言えない大好きな1曲。

ちなみにこの曲を聴いた後に歌詞カードを見ると、
あまりの字面の少なさに驚く。
こんなにも映画を1本見終わったくらいの
満足度と密度があるのに、
言葉としてはこんなにも短かったんだと。

作詞が上手だな、と思う人の歌詞は
必ず " 皆まで言うな " の精神で、
言葉少なに暗に明示したり
聴く人にさまざまな事を想像させる
余白の持たせ方の塩梅が本当に秀逸だと思う。
ユーミンもまさにその1人である。

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