書評「ズッコケ妖怪大図鑑/那須正幹」 ホラー、歴史モノ、ミステリー、すべての基礎がここにある

児童文学作家の那須正幹先生が亡くなられて、もう2年が過ぎた。先生の代表作「ズッコケ三人組」シリーズの大ファンだったぼくは、先生が亡くなられたことを機に、シリーズの中でも特に好きな作品をもう一度読み返すことにした。「ズッコケ三人組」シリーズは、行動力と体力はあるがおっちょこちょいなハチベエ、読書家で物知りなハカセ、ポチャリで気弱だけど優しいモーちゃん、3人の小学六年生を主人公に、1978年から25年近く続いた大人気シリーズだ。

あらすじ
ハカセとモーちゃんの住む花山団地で次々と不思議なことが起こる。後ろから声を掛けられ肩までたたかれたのに振り向くと誰もいなかったり、謎の足音だけが階段を上ってきたり、ついには幽霊や一つ目小僧まで出没したり。旧館と呼ばれる建物が怪しいとにらんだ三人組は旧館の空き部屋に忍び込むが、そこで更なる怪奇現象が三人組を襲う。実は、団地のある場所はかつて「ごくろう塚」という謎の石碑が建てられていた。「ごくろう塚」とはなんなのか。そして、怪異を引き起こしているのはいったい誰なのか……。

 ズッコケシリーズの中でも、おばけやホラーを題材とした作品は多い。お化け屋敷とポルターガイストをテーマとした「心霊学入門」、田舎の漁村でハチベエが幽霊に憑依される「恐怖体験」、学校で次々と怪異が巻き起こる「学校の怪談」などなど。それに比べるとこの「妖怪大図鑑」はちょっと地味な印象がある。実際、読み返すまでほとんど内容を覚えていなかった。

 たぶん、お化け屋敷とか、田舎の漁村とか、学校の怪談に比べると、舞台装置がそこまでホラー感がないからだろう。今回の舞台はハカセとモーちゃんが住む花山団地。団地を舞台にしたホラー映画もあったけど、よほどおどろおどろしく書かない限り、多くの人が暮らす団地はなかなかホラーには感じない。

 ただ、なんとなく面白かった記憶があって、今回もう一度読み返してみたわけだ。

 そして、やっぱり面白かった。

 団地内でたて続けに怪奇現象が起こり、三人組も巻き込まれていく。一方で物語は中盤から、かつて団地にあった「ごくろう塚」という謎の石碑を調べることで事件の背景と原因を探る、いわば歴史ミステリーに近くなっていく。

 ごくろう塚の正体と事件の背景に迫るアプローチとして、歴史・町・人の三つの軸からこの物語は成り立っている。

 まず、歴史。ごくろう塚の正体を知るために三人組、というよりは主にハカセがミドリ市の歴史を調べていく。すると、享保の飢饉のときにごくろう塚が虫送りの神様としてまつられていたという事実が浮かび上がる。

 また、ごくろう塚の正体を知るために、三人は街のいろんなところへと出向く。ごくろう塚が移設されているお寺や、ミドリ市の図書館、ごくろう塚と何やら関係がある神社などなど。

 また、情報は色んな人からもたらされる。ハチベエの父親は「団地のある場所は昔はお墓だったって聞いたことがある」と言い、ハカセの父親は団地の住人が一つ目小僧に出くわした情報をもたらす。ほかにも、団地の住人やクラスメートたちから情報がもたらされる。また、ミドリ市の歴史を調べるハカセに、担任の宅和先生が力を貸してくれる。

 特に今回は、モーちゃんの姉であるタエ子姉さんの出番が多く、三人組と一緒に二度も怪異に巻き込まれている。三人組よりもちょっと大人の視点で事件を見つつも、三人組と一緒に行動しててもおかしくない年齢としては、タエ子姉さんはうってつけだ。

 ごくろう塚の歴史を掘り下げ、街のいろんなところをまわり、家族や先生などいろんな人を巻き込む。歴史・街・人の三方向から物語に厚みを与えることで、物語はどんどん面白くなっていく。

 書物を紐解いて歴史を調べ、足を動かして自分の目で確かめ、人に会って話を聞く。一つ一つは断片的な情報だけど、つなぎ合わせていくことで事件の真実が見えてくる。さらに、歴史を描けば物語に時間的な深みを与え、街を描けば空間的な深みを与える。そうして時間的にも空間的にも深みが増した舞台の上に、いろんな人が登場することで物語にさらなる化学反応を与える。

ホラーや歴史モノ、ミステリーと呼ばれるジャンルにおいて、最も基本にして最も大事であり、最も面白い部分がこの物語には凝縮しているのだ。

 最初に、この物語は地味だと書いた。確かに、複雑なトリックもなければ、とんでもない大どんでん返しもない。出てくる知識も高度でマニアックなものはない。何せ、小学生でも解ける謎なのだから。

それでも、歴史・街・人の三方向から厚みを与えるという基本だけでこれだけ面白いのだ、いや、これこそが探索モノの一番面白いところなのだというのを、この「ズッコケ妖怪大図鑑」は教えてくれる。

(シミルボンより転載)

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