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国立大学独立行政法人化後1年目_信じがたい新聞発表の黒字

(はじめに:信じがたい新聞発表の黒字)


 
先日(平成17年(2005年))、新聞紙[1]上で、国立大学が独立行政法人化後1年目の平成16年度の財務会計報告がまとまり、国立大学が総額1千億を越える黒字であると、報告されたことは、皆様の御記憶に新しいことと思います。S大学では21億円の黒字であるとされています。しかし、S大学では本年の研究費が昨年の10分の1になるなど厳しい財政状態であり、我々教員の実感とは大きくかけ離れております。多くの教員が、この決算報告は本当だろうか、文科省は、昨年行った国立大学法人化は成功したと言いたいために、よもや粉飾決済をしていまいか、などと色々考えられ大変不安に感じておられるのではないでしょうか。
 

1.     黒字なんかじゃなく、大赤字であることが、ネット調査から判明


 
 そこで、インターネットで公開情報から調べてみますと、全国の国立大学の累積赤字の総額は、1兆2千600億円にもなることが、下記の資料(1)(2)からわかりました。黒字なんかじゃなく、大赤字です。S大学の赤字は433億円にも達しており、全国の国立大学の中でも10番目に借金が多いです。
 多額の借金の理由は次のように考えられます。法人化前までは別会計処理されていた財政投融資からの資金が、法人化後はバランスシートに算入されることになったからです。国立大学は、主に医学部付属病院などの運営・設備費など多額の費用が、文科省の運営交付金以上に必要だったので、法人化以前は財政投融資からそれを賄っていました。臓器移植などの高度最先端医療の研究開発には、多額の研究費が必要で、全国一律の積算校費では賄えない額だったので、財政投融資でそれを賄っていました。それは法人化前までは校費とは別枠でした。しかしながら、平成16年4月の独立行政法人化前までに投入された財政投融資は、法人化後は、それぞれの法人の借金とされました。それで、それまで借金があるなんて思って居なかったのに、急に、借金として表れてきたのです。
 この資料を見ると、S 大学の借金は T大学でもやっていなかった臓器移植をS大学で盛んにやっていたからだと思われます。そして付け替えられた財政投融資からの赤字は、S大学では433億円にも達しており、全国の国立大学の中でも10番目に借金が多いです。S大学の総資産(企業の資本金に相当)は800億といわれており、実に資本金の55パーセントもの負債を抱えていることがわかります。私企業であれば既に倒産状態でしょう。資料(2)の別表からわかるのは、T大学などの旧制帝大ではもともと総資産の規模がS大学の10倍も20倍もあるので、そのような旧制帝大の負債が、500億円から900億円あっても総資産に対する割合はもっと小さいものになるでしょう。それで、本当に負債率が高いのは、もともと総資産規模が小さいG大学とS大学であると考えられます。負債の大きい大学は、皆医学部を抱えているところです。医学部を抱えていないN工業大学のホームページを調べてみますと、借金はゼロです。ここの財務体質は抜群です。倒産の危険度の高い大学は、G大学とS大学といえそうです。G大学やS大学の教員の皆さんはは、大変不安になると思います。しかし、S大学の先日の学長懇談会では、学長からも財務部長からも借金に対する明確な説明がなく、財政再建に対するビジョンも語られていません。S大学の現学長は、医学部出身なので、借金の元凶が医学部付属病院であるとは言えないでしょう。それで、説明が出来ないのではないかと思います。
 
 S大学のホームページを見てみますと、中期目標6カ年計画が出ています。それによると、毎年、債務償還借金返済)に、何と33億円が予算計上されており、6年間で約240億円が借金返済に予算が当てられております。そんなこと「よさんかい!」とも思いますが、教員研究費や学生実験実習費の総額は24億円/年であり、借金返済額の33億円/年より少額であることがわかります。このへんに、S大学が本年の研究費が昨年の10分の1になるなど厳しい財政状態になった原因があると思うのですが、S大学の教員の皆さん如何でしょうか。
 

2.    借金をだれが払うのかという問題


 
 S大学の中で、F学部が最も財務体質が良いと言われています。したがって、医学部が作った多額の借金を、S大学全体で背負わされて、共倒れになるのは、なんとも納得が行きません。F学部は、独立行政法人の中で、さらに独立するか、分離してT工業大学△△分校になるなど財務体質の良い所と合併を模索するとかが、共倒れしない方策はないでしょうか。しかし、医学部の立場に立ってみると、「国立大学の医学部は、もうかる体質には出来ていない。臓器移植などの高度先端医療を研究開発するには、多額の費用が要る。たとえば肝臓移植は1件約1000万円かかる。これを患者に全て医療費として請求することは出来ない。このようなことは国家としてやるべき仕事であるから、国からの十分な財政支援がなければ国立大学医学部の付属病院など、1つとして成り立たない。全てが、民間の私立病院のように利益を出せといわれれば、臓器移植など高度医療の研究開発など出来ない。公共性の高い国立大学付属病院をどうするのか、国民全体で考えてもらいたい。小泉首相は『民間に出来ることは民間に』というが、全てが民間で出来るものではない!」となるに違いありません。しかし、F学部としては、医学部と一緒に倒産するのはいやだし、国益という観点から考えれば国立大学の医学部の採算を度外視した公益性という点も一概に否定できないでしょう。
 
 今までは、郵便貯金・簡保の資金が、財政投融資として、国立大学付属病院に流れてきていたのですが、平成16年度(2004年度)から、「財政投融資は、官僚のさじ加減だけで決まってしまうので、赤字がどんどん膨らんでしまう。許しがたい制度だ」ということで、この制度が無くなったらしいです(資料(4)(5))。そのため、新たに財政投融資は期待できないうえ、今までの借金は各独立行政法人の大学が返済するしかないようです(資料(3))。
 

3.    この大学の借金を、学生や大学院生の教育や教員の研究費から払う事は、理系の大学ををつぶしてしまう。


 
 先日の私のnoteの記事「2005年国立大学独立行政法人化の衝撃の記録:2年目の状況」https://note.com/ko52517/n/n200b641cdfed
をご一読頂ければ、わかりますように、理科系の研究室では10人20人と学生や院生を抱えていますと、消耗品代として年間少なくとも300万から600万円はかかります。1000万円以上かかるところもあるでしょう。したがって、国から一研究室あたり年間5万円や10万円でこれらの学生・院生の研究指導はできません。また、外部資金だけで理科系の研究室を運営しろといわれましても、ほとんどの教員には不可能なのです。年間5万円でごまんえつ!(御満悦!)の教員はどこにいません。したがって、倒産する研究室が早晩出て来るものと思います。教員は皆、赤字を心配して青くなっているのが実情です。したがって、独立行政法人化後、この大学の借金を、学生や大学院生の教育や教員の研究費から払う事は、理系の大学ををつぶしてしまうことになります。
 

(おわりに)


 
 新聞発表の黒字というのは本当に信じられません。来年から、研究費はどうなるのか、一般の教員や学生院生に、明確に、S大学の長たる学長から説明していただきたいと思う日々を過ごしています。特に、財政投融資で作った多額の借金(債務)を、どうやって返済(償還)していくのか。S大学は倒産の危機にあるのではとの、危惧を本当に払拭できるように、一般教員や学生院生に、早期に説明会を開いてもらいたいと思います。
 さもないと、優秀な教員は外へ出ていってしまい、大学院入試や学部入試には誰も受験しなくなるのではないかと心配です。大学は受験生が集まらなくなったら終りです。定員割れが3年続けて発生した学科・学部・大学はスクラップにしてよいという法律があると聞きました。F学部は20年ほど前にもこのような存亡の危機があり、私ども教員は大変努力をして今日のように隆盛を見る事が出来ました。今度の財政危機も何とか乗り越えたいと思います。F学部の教員の危機感に比べ、大学本部に危機感が感じられません。学長・理事は財政再建に対し、明確なビジョンや将来性のある対策を早急に教職員及び学生・大学院生、正直に語るべきです。
 
 
 
平成17年(2005年) 8月29日 随筆
令和5年(2023年) 10月6日 加筆
 
 
*なお、冒頭の国立大学のイラストは、下記のURLからフリー画像を使用させて頂きました。
https://www.ac-illust.com/main/search_result.php?word=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%A4%A7%E5%AD%A6
 
 
 
ご参照:新聞切り抜き[1]
 

 
参考資料
 
資料(1)https://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-05-15/04_03.html
 
2003年5月15日(木)「しんぶん赤旗」
 
国立大学法人法案
国が債務負担押し付け
衆院委で石井議員 付属病院問題ただす
(要旨)国立大学の長期借入金が膨大な額(総額1兆2千600億円)になっていることを指摘。国立大学が軒なみ赤字(S大学、433億円の赤字など)となっているなかで、「各大学法人はどれだけ債務を負担し、どのように返済をおこなうのか」とただしている。とりあげたのは国立大学の設備整備のための長期借入金は、法人化前まで国の責任で返済していたものが、法人化によって大学法人に返済義務が課されることになる事が、財政破綻を引き起こすと指摘している。
 
資料(2)http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-05-23/04_04.html
 
2003年5月23日(金)「しんぶん赤旗」
 
大学統制を強化
国立大法人法案
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(要旨)政府は、国立大学の付属病院整備のため財投資金から借り入れし、毎年、償還しています。法案では、この借入金を各大学が付属病院の収入から償還する義務を負います。文科省は十二日、日本共産党の児玉健次衆院議員の要求に応じて、各大学の借入残高を提出しました(別表)。それによれば、二〇〇二年度末の国立大学の借入金残高合計は一兆二千六百億円にもなります。さらに、二〇〇一年度決算で東京大学で八十億円、九州大学で四十四億円の単年度「赤字」となっていることが明らかになりました。
-------------(別表)-------------
国立大学特別会計の借入金
大学名 債務額(単位:億円)
東京        941
東京医科歯科    739
大阪        728
九州        620
京都        580
東北        560
北海道       542
名古屋       519
G大学                           465
S大学       433
(33大学は略)
43大学の合計  12,637
文科省資料から作成。同省が2002年度末現在の決算見込み額から計上(利子を含む)。実際に承継する金額は2003年度末のもの。
 
資料(3)http://www.sci-news.co.jp/news/200312/151212.htm
平成15年12月12日号/科学新聞
上のURLで見えなくなっているようで、次のURLに同文が引用されていますので、こちらを見て下さい。
https://hb8.seikyou.ne.jp/home/sakuragaoka/n031212_1.htm
 
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国立大学法人に借財1兆数千億円
(要旨) 国立大学法人は1兆数千億円の借金を抱えることになりそうです。文部科学省が現在検討している法人制度設計では、財政投融資からの借入金1兆数千億円を各国立大学法人がそのまま引き継ぐことになるとのことです。
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資料(4)小泉純一郎、「官僚王国解体論」、光文社1996.
 
資料(5)大人の参考書編纂委員会編、大人の参考書「構造改革がわかる」、青春出版2001.

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