【まとめ】現代中華SF傑作選『時のきざはし』【感想】
はじめに なぜ『時のきざはし』を手に取ったか
(本の感想は『時のきざはし』から。感想を見たい場合は飛ばして下さい)
現代中華SF傑作選『時のきざはし』を手に取ったのは、中華という、自分には現実か虚構か判断できないようなことが起きる巨大な国からやってきた、中華SFを読まねばと感じたからだった。そう思い立った理由は2つの作品との出会いだった。と劉慈欣『三体』と、百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』収録作である陸秋槎『色のない緑』である。
『三体』についてはものすごく売れているし(職場の休憩所に英訳版『The Three-Body Problem』が置いてあったのには驚いた)、読んでみると確かに面白かった。ただ、この作品だけで中華SFを読もうとはならなかったと思う。
陸秋槎さんの『色のない緑』に、なんだかすっと背中を押して励ましてもらったような優しさを感じたからだった。気が付かないだけで、自分の考えのベースには日本という国がずっとあるのだと思う。中国という日本とは違う環境のなか、何かをあきらめたり、受け入れたり、希望を持ったりする。そんな物語から、自分にはない新しい形の優しさのようなものを、学び取りたかったのかもしれない。
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(以下感想です。過去に記事にしたものはリンク先になります)
江波『太陽に別れを告げる日』/何夕『異域』
糖匪『鯨座を見た人』
昼温『沈黙の音節』
陸秋槎『ハインリヒ・バナールの文学的肖像』/陳楸帆『勝利のV』
王晋康『七重のSHELL』/黄海『宇宙八景瘋者戯(うちゅうばっけいふうじゃのたわむれ)』
梁清散『済南の大凧』/凌晨『プラチナの結婚指輪』
双翅目『超過出産ゲリラ』
宇宙からの移民かつ難民でもあり、人目につかないようにこっそりと隠れて生きています。クラゲのような見た目でふわふわと空中に浮かび上がるため、人間からは知的生命だと認識されていませんが、不思議な共生関係にあり、人間の文化を吸収しています。このまま隠れて暮らしていけばいつか、知的生命だと認識してくれるという考えを持つものもいますが、もちろん反対派もいます。
彼らの暮らしと、人間との共生関係がどのように変化するのかが12ページで描かれます。
韓松『地下鉄の驚くべき変容』
朝の通勤ラッシュからそのまま数時間、数十時間も満員電車から降りることができなかったら最悪だろうと容易に想像できます。そんな限界状態が描かれるホラーテイストの話です。ほんとに怖くて恐ろしいです。
人が多すぎて、気絶した人も倒れることすらできないほどの満員電車に閉じ込められた人々。なぜか地下鉄は一度も止まることなく、真っ暗な暗黒の中を走り続けます。食料も尽き、次々に限界を迎える人が出るなか、ロッククライマーの青年が窓を割り、窓伝えにぶら下がって進み先頭車両の運転手に列車を止めるよう伝えに行きます。その道中、列車の窓からのぞいたほかの車両のその中では…
なぜか誰もいない車両、凶暴化し獣のようになった人間が徘徊する車両、あり得ないほど急速に進む老化、見たことのない言語を使って何かを訴えかけてくる人々…。次々と悪夢のような”異変”を目撃していきます(もうなかなかに最悪です)。ものすごくグロテスクに、人間の無限の可能性を追い求めているような作者の熱量を感じました。
吴霜『人骨笛』
ホラーテイストの後の『人骨笛』というタイトル。次も怖い話かと、かなり警戒しました。時間旅行ものを扱った話です。
学友たちには理解できなかった。時間旅行の選択肢はこんなにも多いのに、どうして提蘭(ティーラン)はいつも五胡十六国時代――中国史上最も混乱して凄惨だった時代――に行くのだろうか。
(『人骨笛』より)
大学研究室で開発された時間旅行の実験として、選ばれた生徒は時間旅行を行うことができます。その中に、なぜか過酷な時代へ旅行する生徒がいました。ただ、時間旅行先の話は学友同士でしてはいけないため、その理由を知るものはいません。
はじめこそおどろおどろしいですが、時空を超えて想いを伝える優しい話だと感じました。
潘海天『餓塔』
砂漠のような星に墜落し、何とか生存した数十人の乗員(技術者や神父、一般人を含む)も過酷な環境と食糧不足、そして夜に人を襲う怪物に一人、また一人と数を減らしていきます。
打ち捨てられた集落に逃げ込むことができましたが、食料がついに底をつきます。そこには以前集落に根付いていた宗派のものである、高さ100メートルにもなる白い塔があった。最後の望みをかけて塔の捜索をするが…。
科学と宗教という二つの視点で言うと、宗教からの視点をメインとしたものかなと思います。そういう意味では、このアンソロの中でも人の内面に焦点を当てた作品だと思います。
飛気『ものがたるロボット』
「むかし、、、」という言葉から始まる、おとぎ話を王様へ語るロボットの話です。はじめはインプットされた物語しか話せなかったロボットも、改造と経験を重ねて新しい物語を紡ぐことを可能とします。はじめは拙い物語しか作り出せなかったロボットも、次第に王様を満足させるまでに完成度を上げていきます。
王 「いちばんいい物語を頼む」
ロボット「大丈夫だ、問題ない」
(とはもちろん言っていませんが)ある矛盾した物語を語りだしたロボットは2つの最高の結末からひとつを選ぶことができなくなってしまいます。
『七重のSHELL』との共通点を個人的に感じました。物語と仮想現実、最高の物語を求める姿勢と現実と見分けのつかない世界を作り出す努力。七重のSHELLでは主人公は仮想か現実か見分けがつかず発狂してしまいますが、王様が結末を2つから選ぶことのできないロボットへ伝えた言葉は別の視点を与えてくれました。
靚霊『落言』
雪のような物質が降り積もる惑星での、物言わぬ地球外生命体とのコンタクトもの、といえるでしょうか。言葉は通じるはずなのに心の距離がある父と娘、言葉は通じないのに距離を縮めていく娘と地球外生命体という対比が、少し切ないです。
滕野『時のきざはし』
私たちが生きるこの一瞬が一粒の砂で、その時の砂を積み重ねた地層に穿たれた階段を一段ずつ降りていく。
人類の起源にまでさかのぼっていく時間遡行SF。きざはしは階段のことで、表題の『時のきざはし』が示すように、時の階段を下ることで過去へ、上ることで未来へ行くことができます。
太古の昔まで下った後、元の場所へ帰っていく。階段を一段、また一段と登りやってきた時代まで引き返した。上を見ると、階段はまだまだ上に続いている。その先はまだ見ぬ未来がある。
主人公は、類人猿から今まですべての歴史を体験したうえで、自分が生まれて育った現代に続く扉と、まだ見ぬ未来へ続く階段の分かれ道で決断します。それは、階段を上り未来を見ることでした。
なぜだか読み終えたあとは、優しい気持ちに包まれました。体験してきた歴史は多くは争いで、それに巻き込まれてさえいます。それでも、未来が見たいという決意、希望を感じたからだと思います。
おわりに アンソロジー全体の感想
『時のきざはし』というこのアンソロジーを読むことができてよかったです。人間がギリギリ、限界な環境に置かれるような話も多くありましたが、特に最後の滕野さんの『時のきざはし』でも感じたように、恐ろしいことも歴史では繰り返されてきたけども、それでも未来へ希望を持つ優しさを感じました。
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