私の優しい世界

琥珀色の液体は、私の優しい世界をゆらりと映しだしている。

最初は、コーヒーが飲めないから紅茶を飲んでいた。
コーヒーが飲めないのは私だけで、親戚一同コーヒー党。実家ではみんな朝10時と昼3時ごろ、そして夜にもお菓子と一緒にコーヒーを飲む。
祖父母の家も同じようなもので、遊びに行くとウェルカムドリンクとばかりにまずコーヒーがでる。そしてみんなで外出してご飯を食べたあと、喫茶店に移動してまたコーヒー。

高校生になった頃、ジュースじゃ子どもっぽいけど、それでもコーヒーはいらないという私の前に置かれるのは、紅茶になった。
一人だけ違う飲み物をもらうのは悪いような、仲間外れのような。それでいて少し特別な気がした。
カップも普段食卓に並ぶ無骨なコーヒーカップとは別の、きらきら蝶と花が戯れている一番素敵なティーカップ。

だんだん私は、コーヒーが飲めないからという消極的な理由からでなく、積極的に紅茶を飲むようになった。

いつもと違うティーバッグを選んでみたり、茶葉から入れるようになったり。紅茶の歴史まで勉強したし、新商品もすぐに試した。
エスプレッソティーというものを知ったときは歓喜した。濃縮された香りを吸い込むと、紅茶好きでよかったと思う。
そして、旅行先でも紅茶を自分用のお土産にすることが習慣になった。オリジナルなフレーバーを嗅ぎながらお湯で蒸らすとき、旅の思い出も部屋中に溶け出していく。

結婚して数年。実家に帰ったときに、台所で当たり前のように紅茶缶を開けてティーバッグを取り出すと、母が「あなたが帰るから昨日買っておいたの」と言った。
確かに缶からは開けたての香りがする。この家では私の他は紅茶を飲まない。

母も、そして祖母も、私のためにいつも紅茶を用意してくれていたんだな。

そのことに思い当たって、つんとしてきた鼻先を、紅茶の湯気があたためる。
今では義実家でだって、私には紅茶を出してくれる。夫が義母に話して、用意してくれたのだろう。

私の周りは優しい世界が広がっている。私の好きなものを、知って、わざわざ用意してくれる人がいる。
それを私は、目の前で揺らめく琥珀色の飲み物を見て、いつも再確認している。

#紅茶のある風景 #エッセイ


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