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メンターのいない人生は基本的にロクでもねえ事になる

おはようございます。KOBAPYです。

拙記事

にあります通りの事情で、

「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日)

実況大会&いつもの酒飲みのはずが、noteやブログ公開祭りか、残りの面々は睡眠確保の場に変わってしまって・・・ww

そんなわけで、俺はもう一記事を。

昨日、こんなツイをさせてもらいました。

一橋大学商学部出身、リクルート→バンダイを経て、現在

千葉商科大学専任講師

を勤めていらっしゃる

常見陽平さん

を心から尊敬する!! というツイ。

日々大量に寄せられるクソリプ対策でフィルタアプリを導入しているため、ウラ垢で偵察せざるを得ない状況につき、本ツイのリアクションがどんなものかは分かりかねるのですが・・・・。

俺みたいな雑魚がこうなのだから、常見さんともならばなおのことかと思われます。

掲げた公式ブログから(基本的に編集部がpick&choiceしたもの、もう死語かもだが、言うなればエディターズチョイス)基本転載される

BLOGOS

での、常見さんのBLOGOSコメ民(ヤフコメ民・はてブ民・NewsPicksのクソピッカーと並ぶ四大クソコメント民の一ジャンル)に対する

「自撮りアイキャッチUzeeeeeeeeee!!!!!」
「何この勘違い学者ワナビー、頭悪そうでキモス」

みたいなコメの数々にはまあ、辟易してきます。

常見さんを知ったキッカケ。常見さんの大学からの親友である

中川淳一郎さん

の著作(Kindle版が販売されていない物)を、今度は俺の古くからの親友である

ササキタイキ氏

からまとめて借りた・・・のが契機です。

俺は、ネットは基本バカでクソである・・・だけでなく、ビジネスや生き方に関する著作の多い、カバーする範囲の広さに驚かされる中川さんの著作より、常見陽平さんの著作に、目からウロコだったのだ。

その中でも

僕たちはガンダムのジムである

は、ファーストガンダム世代(の最後)としても、そうであろうとなかろうとも、感涙ものの作品で・・・。

その作品を伏線に、Twitterで上げた朝日新聞の定期連載

「カイシャでいきる」

に、常見さんが取りあげられたのだと思われる(担当記者はリクルート時代の常見さんへの取材経験もおありだったようですし)
会社はガンダムではなくジムばかり だからこその可能性(朝日新聞デジタル)

マジメにやっているサラリーマンなら・・・この記事にイチャモンつける奴は、まずいないはずです。

その中でも、常見さんが早くから独立(要するに早期退社)を入社試験の面接で豪語し採用されたとか、新卒で配属された部署が意にそぐわないものであり、不満をぶちまけたところ・・・・っていう件と、その後の常見さん。

素晴らしいな、と。その一語。

ここから。俺の話(経験談・体験談)に変えます。

俺が新卒で入社した会社・・・今は合併で名前も業容業態も大いに変わってしまっているとはいえ、今、東洋経済オンラインやダイヤモンド・オンラインの

「初任給が高い会社」
「日本の平均年収トップ500」
「定着率が高い(新卒が辞めない)会社」

みたいなところの常連となっています。

そんな会社でありながら・・・5年も経たずに退社しました。窮余に不満は全くなかった(寧ろこんな俺に・・・くらいの額はもらっていた)のですが、

・そもそも希望業界ではない
・典型的日本企業
・将来的に伸びしろもなく、斜陽産業である(←リサーチ・勉強不足の勝手な思い込み)

に加え、

・初任地がとある典型的地方都市(拠点に10人足らず)

であり、社内交流の幅が多いに限られるし、東京の本社のとある上席からは

「所詮地方の拠点の若造。拠点採用の契約社員だろ」

的な評を言われ、かなり傷ついた。かなり疲れていたところに、決め打ち的出来事がありまして。

あと3年(その地方都市)で頑張ってくれないか

この役員の打診。

何度も本社勤務(帰任)か、東名阪はまだ俺には早いにせい、札幌か仙台か広島か福岡クラス・・・・いや、新潟・岡山・熊本クラスでもいい、他の拠点へ行かせてくれと、事ある度に希望をしたためた文書を出していました。

なんたって、その初任地。

・市の代表駅の駅の店が18時半で全て閉店してしまうほどの田舎ぶり(イオン<マイカル経営破綻前はサティ>と郊外のロードサイドのコンビニを数店を除く)
・アンテナ受信だとテレビ朝日もテレビ東京(共に系列局がなく、リアルタイムにて)も視聴できない

人口20万、周辺有力都市を加えれば人口50万の都市圏を形成していて、この有様。時代は21世紀に突入しているのですよ・・・・

・・・屈辱でしかなく、で、もうイヤでイヤで仕方なかったんです。

それに加え、もともとその朝日新聞の記事にもあるとおりの、就職超氷河期。軽く50社は就職活動で落ちているかと。

志望業界でもなんでもなかった

のです。

早く東京か(生まれ故郷の)神奈川に帰りたい

その一年。3年は・・・と打診された時点で、辞表を突きつけてしまった次第です。

東京に戻ってきたときに、その会社時代にであった人々との連絡を絶ち、携帯やPCのアドレス帳も、全て消したました。よほどの屈辱で、悔しかったんでしょうね。

その後の俺・・・振り返りたくもないくらいの凋落・長期停滞・惨状という名にふさわしい状況で。

ホント運良く、今があるだけのこと。

そして・・・志望業界に入れて、思い知ったことと、あらためてかみしめたことがあります。

「一生懸命働くって、素晴らしい」

と言うこと。それしかない。本気で働くことで、正気を取り戻したのです。

新卒の会社を退社してから、今の会社に転がり込むまでも・・・そりゃ働いていましたよ。しかし、働くというより、

「食いつなぐ」

と言う方がふさわしかったかと。働かないと明日食うものもなくなり、電気代も携帯代も家賃も払えなくなる・・・我武者羅に働くしかなかったんです。

しかし、今振り返ると・・・

「McJob(Mac Jobとも。マクドナルドのアルバイトレベルの労働)&あとはせいぜいそれへの+α」

でしかなかったのです。その「労働」って。

現場はつまらない、人間関係は非常によろしくない、人の入れ替わりは日常茶飯事、バックレも何度も。とにかくギスギスし、殺伐としきっている。

職に貴賤なし

の原則は貫きたいので、その「McJob」云々については言及せずして、

「日銭を稼がないと明日食うものにも困る」

人々の集まりかつ、

ブルーカラーやガテン系(常見さん出身のリクルートが産んだ求人雑誌から生まれたスラング)が基本の世界じゃ、社歴(在籍歴)の長さが物を言い、人でなしがウヨウヨし、ひとでなし的嫌がらせやいじめが跋扈する・・・

良く考えりゃ、当たり前な話。そこからホント上手いこと抜け出せた俺は、 ラッキーだったとしか言いようがありません。

この14年の反省点を、大いに述べたいと思います。要するに、

「ネットがありゃ、何とかなるべ!」(←横須賀・三浦弁)

っていう、就活の失敗あたりから抱いていた、なんと言いますか淡い期待とも呼べない、泡立ちがシャボン玉にも及ばないような泡立ちでしかない、その程度の微活動が、まぁんなもん大ウソへっこきまろだったって話です。

誰かしらかネットへの批判と取られると何なので、手短な言及としますが、箇条書きにしていくと

1)ネット社会というユートピアへの期待と絶望
→(結果)テクノロジーがスゴいだけ。基本的に、バカとヒマ人の集団。ビジネス云々の話以前に常識的範疇の話すら通じないとんでもなさ

2)ネットにスゴイ人は、ごくわずか
→TwitterやFacebookの隆盛で、そういう「スゴい人」へアプローチすることは容易。しかし彼らには大量の「バカとヒマ人」からの攻撃に辟易しており、対応に四苦八苦。要はそうカンタンにつながりを持てる術はない。

3)ネットで発言していると、心が安らぐの大ウソ
→同じ興味関心、思想信条、微妙な価値観の一致を見せるもの同士でフォローし合って話してりゃ、当たり前。中学校の休み時間と変わらない。興味関心結局、いがみ合いが発生し相互ブロック発動ってオチ

4)やっぱネットはバカとヒマ人のもの
→常見さんの親友の・・・ry

ということ。

すなわち、人生成功裡に・・・というかすかな望みに賭けてみるのなら、

a. フツーに勉強し、フツーにいい会社(いい組織・いい法人)に入り、フツーにノウハウを積み、フツーに実績を上げる

か、

b. その分野のオーソリティに弟子入りする(師弟関係を結ぶ)か、師事する
c. 家業を継ぐ

あとは、最近出現の「d.」

d.フリーランス。仮にウェブを媒介、主戦場にしビジネスに参入するなら、そないな「バカとヒマ人」(所謂「嫌儲民」も含まれる)の大量の戯れなのを覚悟で、ブルーオーシャンを見いだすか、コツコツやる(※相当なメンタリティとビジネス感覚、高い経営能力や先着眼が必要)

それしか、選択肢ないんですよと。

仮にウェブで何か・・・・と思っても、いきなりd.のような修羅場を経ずとも、a.~c.で何かを成し遂げるなり達成してからで遅くないのだ。いや、その方を心から勧めたいところ。

さて・・・だ。

常見さんが最初に退社の意思を告げた際、常見さんの思考回路と仕事への取り組みを180度変えるに至らしめた、諸先輩の言葉があったのは、朝日の記事を見れば分かります。

これも経験則でしかないが、いい会社では、こういういい助言をする人がいるか、巡り会える確率がきわめて高いんです。断言してよい。

さて、俺にかかる心にグサリとくる進言・助言をする人間がいたかいないか。

・・・・いなかった。

先ほど申したとおり、地方の拠点で10人程度しかいない・・・これが物語っています。

しかし、あくまで回顧でしかないです。

今振り返るというか、多大な誤解だったかも知れないって話。顧客(地元政財界の重鎮や取引先)にイヤな思いをさせられることも多かったが、今につながる貴重な言葉をどれだけもらったことかわからないし。仕事の仕方や礼儀も一から教わったものか。感謝しつくせないくらいです。

それを俺が勝手に左遷や冷遇人事と錯覚し、辞表を叩きつけた次第であり・・

ただ単に、そこで

「おい! KOBAPY! お前(その拠点)で必要にされ、愛され、顧客からも要請があってからこその東京への帰任一旦保留じゃないのか? それがわからないのか?」

この直球勝負的一言を言ってくれる人が、いなかった、と。

ところがです。いや、直球勝負でなくとも遠回しになら、きっといたんだろうなと、思えてなりません。

希望業界ではない、地方拠点着任の屈辱で、周囲に心を閉ざしていただけ。でなきゃ、退社後動静に関する連絡を一切せずの無礼非礼ぶり以前に、アドレス帳消したりしないでしょう。軽い、人間不信(猜疑心の塊)だったのかも知れません。

会社辞めて数年後に知った、この事の重大さと、浅薄さと愚かさ。

だからこそ。インスタ映えやTikTok、YouTubeで猫動画に熱上げてる大学生に言いたいのです。

大学生にいるウチに、メンターを見つけておけ!!

と。

メンター・・・意味が分からないって方は、下記コトバンク(朝日新聞社とVoyage Group共同運営)の解説を参照あれ

大学のゼミの先輩に素晴らしい方がいるなら、その方の背中を必死に追うでよし。就活の際のOB/OG訪問でじっくりそういう人を見定めるでもよし。

大学の周囲見渡してもそんな人いないんだが・・・学生はカネが無いのは承知。無料のネット記事なり、それこそnoteでいい。

「この人の書く文章やら、生き方考え方素晴らしい!」

って人を一人見つけておく。

「その人といつかお会いしたい」
「肩並べるまでになりたい」
「いつか、一緒にビジネスしたい」

一生サラリーマンをやるか、弟子入りするか、家業を継ぐか、ネットに商機を見いだすか・・・それは二の次三の次で、メンターを見つけて置くのです。そんな小さな野望を、心に抱いておくべし。それで十分、人生は変わります。あるとなしでは、エラい違いが生じます。

若ければ、若いほど良い。今の若者ってネットで完全に全能感や錯覚に浸っちゃっているのかも知れませんが、自分の見ている世界のあまりの狭さ、自分の力量のなさ。早くから思い知るべきです。

さて。これら方法論・・・別にネットが発達してからもたらされたものでもなんでもなく、昔からある、ごくありふれたものにすぎないんです。俺が「エラそうにまぁ」と言われかねない物言いで言うまでもない次元の話でしかありません。

そんなごくありふれた

「メンターを見つけるべし」
「メンターを背中を必死に負い、頑張れ」

ということすら、俺の大学時代にあったマルチメディア革命(1995年・Windows95発売を契機にしたインターネット普及元年)は、完全に錯覚だけをもたらしめ、マヒさせてしまったという、なんと罪作りで愚かな存在か。

常見さんなり、友人の中川淳一郎さんなり、

「ネットがあろうがなかろうが、人間の本質やビジネスでの成功法則に何ら変わりはない」

そこに気づいていたからこそ、今の二人があるのではと思う、というか、そうとしか言えません。

俺ねえ・・・見つからなかったのか? 見つける能力がなかったのか? あえて見つけなかったのか? ただのバカだったのか? は分かりかねるとはいえ、早くから「メンター」を見つけておかなかった己のこの痛恨の失策が悔やまれてなりません。

しかし・・・後悔先に立たず。

過去は教訓とするのみであり、我々がする事は今を生き、未来につながるビジネスをコツコツやること。コレにつきるわけです。

そんな当たり前な事に気づかせてくれたのは、常見陽平さん。俺のメンターは、常見陽平さんだと、胸張って言わせてもらいます。

ただ・・・軽々しく

「お会いしたい」

だなんて言っても、会っちゃくれなかろうし、こんな俺にさ・・・。コツコツ、その日まで、頑張るしか、方法論はない。そうして俺は、また月曜から頑張るのです。

所詮、凡人で凡才。若い頃のこの人生設計甘々なダメッぷり。そして俺。ガンダムのジムでしかないのですから。

(了)


お読み頂きありがとうございました。平日の更新は多忙につき厳しいですが、週末なんとか時間を作り、更新していく所存です。宜しければ、他の記事も是非