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思い出に残るゲームと、残らないゲーム

昔プレイしたゲームのうち、内容をよく覚えているゲームとそうでないゲームとがあります。
まあ単純に面白かったゲームと面白くなかったゲームの違いじゃないの、と最近まではそう思っていたのですが、そう単純なことではなさそうな気がしています。

私のRPG遍歴

DQ、FF、ゼルダ、クロノ、ロマサガ、ルドラ、スターオーシャン、MOTHER、タクティクスオウガ(これはSLGだけど)あたりを遊んできましたが、この中でストーリーや内容をいちばんよく覚えているのは、とりあえずDQ3です。
ですがこれは「一番面白かったゲーム」とは一致しません。ストーリーが良かったゲーム(ルドラとかクロノ)や、戦闘や成長要素が面白かったゲーム(ロマサガとかスターオーシャン)は、他にあります。

同じDQシリーズ内で比較しても、DQ3よりDQ5のほうが全面的に楽しかった記憶があります。あの大勢の仲間モンスターを引き連れて馬車で旅をする感覚が非常に楽しかったのをよく覚えています。
でも不思議とストーリーは断片的にしか覚えていないし、どこで何のモンスターが出てきたとかはあまり具体的には思い出せない。これは一体なぜなのか。

DQ3が(DQシリーズでは)最初の体験だったからとか、その当時の私の生活要因がどうだったからとか色々なものが絡んでいそうなので、一概にこれといった決定的な理由を挙げるのは難しいのかもしれません。
でもそれを結論にしちゃうと身も蓋もなく面白くもないので、ちょっと無理矢理にでも仮設を一つ立ててみます。

ゲームプレイ時の「自発性」が鍵

良くも悪くもDQ3は「ストーリー性の薄い」ゲームでした。ストーリー性を強化した次作のDQ4と比べると、それは明らかです。
そして私が楽しめたのは、どちらかというとDQ4のほうだったりします。でも前述したように、楽しかったDQ4の内容をよく覚えているというわけではないのです。

ところで、ゲームにおいてストーリーは大きな牽引力のひとつと言えます。プレイの後押しをしてくれるものとも言えます。
ストーリーが希薄なゲームというのは、「次はどこに行けばいいか」を決める際に、より多くの「自分の判断力や決断力」を使うことになるのだろうと思われます。

学習(=記憶)するには苦労が必要だと言われています。他人に丁寧に導かれるなどをして、苦労を伴わなかった体験は忘れやすいということです。

学習には労力が必要です。理解するためには古い知識を思い出し、新しいアイデアに結びつけて手がかりにできるように、脳を動かさなければならないからです。

教師は努力して、学生が学びやすくするために情報をあらかじめ整理し、モジュール、カテゴリー、テーマなどに並べます。しかしこれは本当は間違っていて、確認するための資料を教師がすべて用意してしまうと、学生が自ら意義のあるつながりを構築したり、自分の言葉に直して意味を理解するチャンスを奪うことになります。それはファストフードに似ていて栄養がなく、おいしいわけでもありません。

出典:TAKE NOTES!
出版社:日経BP
著者:ズンク・アーレンス

DQ3が私の記憶に深く残っている理由は、プレイヤーの「自発性」が求められるDQ3のゲーム構造に原因の一つがあったのかもしれません。
ということで一応の結論を出してみました。うーん、的を得ている気がしなくもない。

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