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ロンドン遠吠え通信 Vol.8

「作品の扱い含め展覧会作りの差異について」
引き続き、「ロンドン遠吠え通信」(メールマガジン「Voidchicken nuggets」に連載。2014〜15)より、Vol.8です。


さて、最終回は作品の扱い含め展覧会作りについての差異を書いておきたいと思います。

ロンドンでの展覧会の設営時のこと。すでに予算ギリギリのため、メディアプレイヤーに接続するUSBスティックを節約しようと、シンガポール人のチームメイトがメンバーに私物の供出を呼びかけました。私の持っているものはデータ読み込み時にピカピカ光るので使えないと言ったら、「ぜんぜん問題ないよ、天井近くに置くんだから誰も見ないって!」。

日本の現場ではこういうきちんと準備されていない感じはNG。それに会場は映像のためにある程度照明を落とすわけで、ほんの少しでも影響が懸念されることは避けたいものです。しかし彼女は頑として譲りませんし、イギリス人の先生も「天井近くだし大丈夫」と同じ言葉を繰り返します。結局私はそのUSBスティックの光る部分をガムテープと厚紙でガチガチに保護して使ったのでした(かっこわる〜、と私は思った)。

こういう、作品の外側の余白というか、見えない部分もスマートなほうがいい、と考えるのは、どうも自分の学んだ日本でのやり方に顕著なようでした。

思い出してみれば、海外で梱包されたものの中には、作品の裏側や原画の余白部分、マット部分にガムテープが貼ってあったりすることも多く、開梱時によくヒヤヒヤしたものです。その余白部分からテープをはがすときに作品部分にも余計な力がかかり、万一のことが起こらないとも限らないので。

ただ、私はこの件に関して、過去に自分の価値観がゆさぶられる経験をしています。それは上海でのこと。

展示アドバイザーとして働いていたそのプロジェクトで、プラスチックケースの内側に張り付いた白い繊維ゴミを取るよう、私は設営の間中、現場責任者の方にお願いし続けていました。4回、5回と頼みますが「いまやります!」の言葉だけでいっこうに実施されません。

オープニングの30分前。「ゴミ、お願いします!」、「いまやります!」。オープニングの10分前。「ゴミ、お願いします!」「セレモニーの後すぐやります!」。そしてセレモニーが終わった後、観客がどっと会場に流れこんできました。ケース内のゴミはそのまま。

ああ、終わった …と顔を覆う私。しかし、観客は皆、ケース内の作品に夢中でした。つまりこの細かいゴミを気にしているのは、この会場で、私だけ。

日本の美術館学芸員として仕事をしてきて、どこか凝り固まっていたのでは ……と思い始めた出来事でした。

しばしば知力、気力、体力の限界に達する展覧会準備において、あるレベルの成果を出す為には、働く人の健康を筆頭にすべての局面のバランスを考えなければなりません。完璧主義的な日本のローカルルールのみにとらわれず、世界を見渡してそのバランスを考えていかなければ ……と思います。(2015年10月14日)

初出:メルマガ VOID Chicken Nuggets 2015年10月14日号
https://mlvoidchicken.tumblr.com/post/131146064373/void-chicken-nuggets-2015%E5%B9%B410%E6%9C%8814%E6%97%A5%E5%8F%B7


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