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『この音とまれ!』がPM、PdMに与えてくれる、分業体制3つの教訓

『この音とまれ!』は集英社発行「ジャンプSQ.」で連載中の、アミュー先生による筝曲部を舞台にした作品です。この記事はプロジェクトマネージャーやプロダクトマネージャーなど、分業体制を円滑に回さなければいけない人物が直面する問題の解決案を、『この音とまれ!』のエピソードから解説するものです。解説にあたり当該エピソードをプロジェクトとして捉え、そのプロジェクトの構造を可視化する道具として「プ譜」を用います。

経験・技術・リテラシーがバラバラな4人のチーム

時瀬高校箏曲部員は2か月後に迫る全国大会に向けて日々練習に励んでいます。9名の部員で出場する団体戦で演奏する曲を、久遠(くどお)、水原、由永(よしなが)、百谷(ももや)の4名で一つパートを担当します。
久遠、水原は2年生、由永、百谷は1年生です。由永は箏の経験がありますが技術的には他のメンバーに比べると低いです。百谷は流しのドラマーとして異なるバンドに呼ばれて叩くアルバイトをしており、2先生よりも音楽の造詣が深く、リテラシーが高い人物です。
箏曲部は全国大会優勝(これが獲得目標です)を目指してたいへん難しい曲に挑戦しています。他のパートに比べて人数が彼らの勝利条件(成功の定義)は「4人のパートが完璧に弾けて、他のパートと調和している」ことです。そのためには、4人全員の音質とタイミングが合っていることが必要です。この音質とタイミングという二つの要素とそのあるべき状態は、プ譜では中間目的で表現します。

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メンバーに起こった問題

技術レベルがバラバラの4名でしたが、練習の甲斐があって、タイミングが徐々に合いだしてきた頃、もう一つ大きな問題が発生します。
メンバーの1人、由永の音質が他のメンバーと合っておらず、音が浮いてしまい、4パートの音を乱してしまっているのです。

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勝利条件を実現するためには、「全員の音質が合っている」という「状態」が必要です。しかし、由永の音質が周りと合っていないために、音質のあるべき状態を実現できていないのです。
あるべき状態を実現するには、由永の音質が浮いていない状態にしなければなりません。

箏には二つの流派があり、時瀬高校箏曲部では全員生田流の各爪を使っていますが、由永だけは山田流の丸爪を使っていました。生田流は角爪を使用し、山田流は丸爪を使用します。爪が違うと弾き方も変わり、それが一人浮いている音質の原因になっていました。
由永の爪は亡くなった祖父の形見であり、非常に思い入れのある、おいそれと変えることのできないものでした。しかし由永は爪を変えることを決断します。(※このようなプロジェクト進行を妨げる障害になる有形無形のものをプ譜では「外敵」。プロジェクトを実行するための具体的な行動や作業を「施策」と呼びます)。
施策と中間目的は「する」-「なる」関係となっており、「施策をする」ことで、望ましい「状態になる」ことを目指します。施策はインプットで中間目的はアウトプットです。

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施策を実現するために工夫を重ねる

自らのこだわりを捨てる決断をした由永でしたが、百谷がそれに待ったをかけます。爪=流派を変えるということは、弾き方や姿勢も変えなければなりません。由永は現在ですら完璧に弾けていないのに、ここから弾き方を変えるのは時間的に無理、非現実的だと言います。

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この非現実的な施策に、箏の家元の娘である鳳月(ほうづき)が「流派は変えずに、丸爪の種類だけを変える」ことを提案します。
この案は、最初に考えた「爪を変える=流派を変える」施策よりも「変化の幅」が狭く、これなら残り時間に対して現実的な打ち手と言えます。変化の幅が広いほど、その施策を実行するものの負担が大きくなったり、そこにかける時間が増えて残り時間を圧迫しかねません。

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メンバーは「山田流は変えずに、丸爪の種類だけを変える」という施策でプロジェクトの軌道修正をすることでいったん合意しました。しかし、百谷は釈然としない思いを抱えます。
一人帰路につく百谷は、この日、由永からもらったお勧めプレイリストを聞き始めます。ふだんまったく聞くことのないキャラソンを耳にした百谷は、キャラソン独特の個性的な声が由永の箏の音のように聞こえます。キャラの声は目立つものの楽曲から浮いていないことに気づいた百谷は何度も曲を聞き返します。

聞きながら百谷はかつて自分のドラムを評してくれた言葉を思い出します。

出典『この音とまれ!』23巻

――そして翌朝。

出典『この音とまれ!』23巻

問題の対象を変えるのではなく、周りが変わる

百谷は自分が爪を変えることを由永に告げます。由永の爪はそのままに、自分が爪を変えて音質を変えるとことで、由永の音が生きるという状態を実現するための3つ目の施策を提案したのです。

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百谷が爪を変えて音質を変えるという状態を実現した結果、今まで浮いていた由永の音が全体の音に深みを与えるようになります。また、個々のメンバーの音がクリアに聞こえるようになり、弾きやすくなりました。最終的に4パートはタイミングも音質も完璧にハマったものになり、楽曲の真の価値を引き出すことに成功します。

出典『この音とまれ!』23巻

エピソードが分業組織に与えてくれる教訓

このエピソードはプロジェクトマネージャーやプロダクトマネージャーに3つの教訓を与えてくれます。

メンバーが関わりあうことが問題解決の糸口を与える

1つ目の教訓はメンバーが互いに関わりあうことが、問題解決の糸口を与えてくれるということがある、ということです。
百谷は入部当初からメンバーと一線を引く態度を貫き、他のメンバーもそんな百谷との距離感をつかみかねていました。そんな中にあって同じ1年でクラスメイトでもある由永だけは百谷にうとんじられることにめげず、積極的にコミュニケーションを取りることを繰り返してきました。その結果、百谷が由永に「オススメの曲があったら教えて」という言葉が出て、由永のお勧めプレイリストのキャラソンを聞いたことが、由永の音を浮かさず生きるようにするヒントを得ています。
当初、百谷を敬遠していた副部長の来栖(くるす)は顧問の滝浪(たきなみ)が言っていた「ちゃんと関わってみないと分からないこともある」と言っていた言葉を思い出します。

出典『この音とまれ!』23巻

このエピソードはホンダのワイガヤ、京セラのコンパのような、 形式的でなく、膝をつきあわせ全身全霊でぶつかり合う徹底的な議論の重要性を思い起こさせます。リモートワークのメンバーや時間が長かったり、部署横断プロジェクトで顔を合わせる機会と時間が短かったり、言いたいことはあるけど遠慮してしまって口に出せなかったりするプロジェクトチームにとって、ハッとさせられる一言ではないでしょうか。

問題そのものではなく周りが変わる・環境を変えることで問題を存在させなくする

2つ目の教訓は問題への対処方法です。

出典『この音とまれ!』23巻
  • 問題を発見したとき、私たちはその問題そのもの(問題の対象・当事者)を変えようとしてしまう

  • 根本的な解決ではなく、対応を上塗りしていく解決策は、どこかでムリ・ムダ・ムラを生んでしまう

  • しかし、問題そのものを変えるのではなく、他の要素・環境・周囲が変わることで、問題としていた対象が問題ではなくなることがある

最も経験豊富で技術力が高い鳳月でさえ、「由永の音を変える」という近い問題にとらわれ、「爪の種類だけを変える」という施策の延長・改善案しか出すことができませんでした。この改善案が「現実的」だと判断しましたが、かりにそれを実行したとしても、百谷が爪を変えたことによる演奏以上の品質を実現することは難しかったでしょう。
久遠と足立が口にしていたように、問題そのものではなく周りが変わるという方法があることを、私たちはつい忘れがちです。
自分たちには問題がないのだから、自分たちが変わる必要があると思えないのはごく自然なことです。

PM、PdMが持つべき全体像と俯瞰的視野

教訓3つ目はプロジェクトマネージャー・リーダー、プロダクトマネージャーなど、全体を見るものがもつべき視野です。
1つ目の教訓で顧問の滝浪に言及しましたが、4パートにこのような問題が起こることを最初から予見していた滝浪は、最適解は由永の音を変えることではなく、百谷が変わることだと見抜いていました。

出典『この音とまれ!』23巻

部分の仕事に集中しているメンバーは、どうしても問題を俯瞰して眺めるということができません。どうしても目に見える、近い問題に意識が向いてしまいます。プロジェクトを率いる人はメンバーと同じように部分の問題に取りつかれることなく、メタ的に、全体像を把握することに意識を向けなければなりません。それができるのも滝浪がこの曲の作曲家であったればこそです。(※ちなみに、滝浪はそれを部員に直接告げることなく、百谷が自ら気づくまでなにも言っていなかったのですが、ここは現実の仕事ではよほど時間の余裕がないかぎり難しいことではあります)

これは蛇足ですが、4パートのうち久遠と水原は2年で百谷よりも箏に関しては1年先輩ですが、二人とも自分がうまく弾けるようになることに意識がいっており、自分が変わるという考えを持つことはできませんでした。実は百谷は由永の音質が問題になる以前から、久遠、水原、由永、百谷の4人ではこの4パートは難しいということを滝浪に指摘していました。
このような指摘ができるということ、そして百谷だけが自分の音を変える視点を持てたということは、彼はプロジェクト全体のいち部分を任されたメンバーとはいえ、一歩引いて全体を見ることのできる、プロマネ的視点・素養を持っていたと言えるかもしれません。

教訓を現実の分業組織に置き換える

この教訓を現実の分業組織に置き換えると、以下のようなシチュエーションが考えられます。
開発がプロダクトをつくり、マーケティングが見込客を集め、インサイトセールスがアポを獲得し、営業が商談をする。
このプロセスのなかで、例えばインサイドセールスがなかなかアポイントが取れないとします。そうすると、インサイドセールス担当者の情報収集・ヒアリング・質問・信頼関係構築・商品説明・時間管理といった能力や技術が低いから、彼・彼女らに教育を行おうと考えがちです。インサイドセールスに問題があるというレッテルを貼ってしまうと、「実直に目標件数分、電話をかけ続けることができる」という強みが、「見込みのない相手にひたすらムダな電話をかけている」という弱みになる見方をしてしまいます。由永の音質を変えようとするのと同じです。
しかし、一度インサイドセールスに問題があるという部分の視点から全体に遡ることで、「本当にインサイドセールスが問題なのか?」と問い直すことができます。

実はインサイドセールスには問題がなくて、そもそも見込客のターゲティングや集客のし方・コンテンツの内容がプロダクトに適していないのかも知れません。さらに遡ればプロダクトが市場に合っていない可能性もあります。そこに至るまでの過程がそもそも間違っていたり、周りと噛み合っていたりすれば、その対象が備えている力が活かされることなく、間違った方向に使われるだけです。
このような問題に直面したときマーケティングや開発担当者という「部分」が変わろうとすることはあまり期待できません。百谷的な存在は現場にはあまりいません。この役割を担うのは滝浪的存在であるプロダクトマネージャー・プロジェクトマネージャーです。

この教訓は人だけではなく、対象がモノ・コトであっても通じるものです。目に見える・わかりやくて近い原因にとらわれず、そこに上塗りをするような対処療法的な施策を行うのではなく、遠い原因に目を配って根本的な解決を行い、問題を問題として存在させなくする―。そんな戦略を『この音とまれ!』の23巻から24巻を通じて疑似体験することができます。

長くなりましたが、『この音とまれ!』はこのような教訓めいたことは一切ぬきにして純粋に面白く、感動する、尊き漫画です。
ぜひ第1巻から読んでいただき、23巻と24巻で感動に震えて泣いてくれ。

アミュー先生のTwitter


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未知なる目標に向かっていくプロジェクトを、興して、進めて、振り返っていく力を、子どもと大人に養うべく活動しています。プ譜を使ったワークショップ情報やプロジェクトについてのよもやま話を書いていきます。よろしくお願いします。