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Eighth memory 12 (Conis)

「ロストナンバー……ゼロ……」

 オービーが、その邪悪な笑みを浮かべた彼の名前をぽつりと呟きました。
 ゼロ……その存在をワタシは知ってはいましたがその名前は知りませんでした。
 ゼロは、ゆっくり一歩一歩とワタシたちの方へと近づいてきました。
 そして、その侵食されていた体をワタシやオービーと同じ人? の姿へと戻しました。

「なっ!? お前、なんで!?」

 オービーが驚きの声を上げます。でも、そのことがゼロには疑問であるかのようになぜなぜなお顔をしていました。

「あぁ……そうか偽物(レプリカ)にハ、侵食は一方的に起きるものだったナ」

 そう、ゼロはその人とは思えないほどにブルブルしてしまうような、ゾワゾワした笑顔をワタシたちへと向けます。

「おい、人間。こいつが欲しいカ?」

 そう言って、ゼロが自分の腕についた腕輪を掲げワイズさんに見せつけます。
 それと同時に、ワタシの腕の中でヌルさんがううっと小さく息を吐きながら目を開けました。

「大丈夫ですか? ナンバーヌル。怪我はーー」
「マザーは!! どうなっていーー」
「欲しいっ! 私の神への道!! それさえあればーー」

 ヌルさんの声が、突然大声を上げたワイズさんの声でかき消されます。
 ワイズさんはすごく興奮しているように見えました。

「なら、太陽サロスのピアスと、フィリアのペンダントのあてはあるんだナ?」
「なっ!? 何故人形であるはずのお前がーー」

 ワイズのところまで、ゼロは一気に飛び上がりその首筋に自分の指を変化させた刃物を突きつけました。

「……」
「この程度では動じないか……だが、我をとって喰おうともしているそれがオマエの本性カ。知性があるかのように振る舞いその本質は獰猛な獣……いや、それとも違うカ」
「……お前にも侵食の種は植え付けたはずだがーー」
「その答えが、オマエが欲していた本物(オリジナル)だと我が言えば納得はするカ?」

 そのゼロの言葉を聞き、今までぶるぶるしたお顔をしていたワイズさんがきらきらした希望に満ちたお顔をしました。

「おっ、お前が……こちらの世界の選人なのか!!」
「選人……オマエの世界で言う天秤の片翼を担う贄のことか……わざわいをよぶものなどと大それた名前を付けたのもオマエら人間らしいとも言えるかーー」
「どういうことだ!!!」

 ヌルさんが立ち上がり、ワイズさんとゼロの方へと歩いて行こうとします。

「ダメです! まだ動いちゃーー」
「お前は!! お前の私利私欲のために、アカネさんは!! アカネさんの大事なあの子は!! いや……たくさんの人が犠牲になったとでも言うのか!!」
「それが……どうした……というのですか?」

 それはとても冷たい目でした。ヌルさんへと投げつけたワイズさんのその視線は氷のようにひえひえで、針のようにとげとげしていました。

「それが……どうした……だと……?」

 対する、ヌルさんは炎のようにめらめらと何か怒りを燃やしているようでした。こんなにあちあちなヌルさんをワタシは見たことがありませんでした。
 少し、目元がうるうるしているようにも見えました。

「この私が神となる……そのための些細な犠牲ではありませんか……まぁ、存分に利用はさせていただきましたが……」
「利用……だと……?」
「えぇ。天秤に相応しい贄となるためにある程度の調整はしましたし……何より、神の器と違って人の器とは脆く、そして弱い……そのあまりに短い時間では神になることはできない……ですので、何世代も生き続ける為に乗り移る肉体が必要でした」
「生き続ける為の……肉体……貴様!! まさかーー選人となった人達を……外道が」
「ふふ、外道ですか……。確かにその体も心も利用させていただきました。当初はそんな悲鳴や泣き声も良いスパイスになりましたね。あぁ勘違いしているようなので、断っておきますが、あなたが考える……そうですね。人として持ち合わせている欲望は神には不要なので消え去りましたよ。その工程も今となっては、神へと至るただの作業……儀式の一つの課程に過ぎないというところでしょうかね」
「きっさまぁぁぁぁ!!!」

 ヌルさんが、腰の剣を抜き去りワイズさんへと切りかかります。
 しかし、その2人の間にゼロが割って入り、そのヌルさんの一太刀を手で受け止めています。
「おや、随分と熱くなっていますね」
「貴様は、人の命を何だと思っているんだ!!!」
「私のためにある些細な道具、ですが?」
「くぅぅぅ!! 邪魔をするな!! ロストナンバァァァァァァー」
「ナンバーヌル……我と同じ0の意味を持つナンバーを与えられながらも、その性質は真逆ということカ……」
「なんだーー」
「エルムですらないそんな鈍ら刀……この腕だけで充分ダ」
 
 ふんっと一つ、ゼロが力を込めるとヌルさんの刀は簡単に折られてしまい、そのまま右足の蹴りをくらいヌルさんが遠くへ吹き飛ばされてしまいました。

「ヌルさん!!」
「遊びは終わりだ。マザーが次の準備を始めたからナ……」

 見ると、先ほどまで静かだったマザーが苦しそうないたいいたいな声を上げながら、その全身を光らせていました。

「人間。オマエにこの腕輪はいずれくれてやル」
「どういうつもりだ?」

 ゼロさんのその言葉に、ワイズさんがうきうきした声を出しました。しかし、直後ゼロはまたあのぶるぶるする笑顔を浮かべました。

「我にとってこの腕輪は価値のないものだ。ただし、一つ条件があル」
「条件……?」
「簡単なことダ。我を常に満足させロ」
「条件はできれば具体的にして欲しいのですが……それではあまりに曖昧ーー」
「やり方はオマエに任せてやル。今のオマエの目的は我を満足させているからナ」
「そうか……なら、見ているが良い。この私が神となり、この世界を全て作り変えるその姿を!!」
「楽しみにしていル」

「おいっ……エスシー……」

 ヌルさんを心配して飛ばされていた方を見ていたワタシにオービーが囁くような小さな声でワタシに話しかけてきました。

「なっ、なんですかオー……」
「……お前は、逃げろ」
「えっ!?」
「動かないこいつらと、あの2人が何か話している今がチャンスだ。いいか、いま来た道を真っ直ぐ振り返らず走り抜けろ」
「オービーは……? オービーはどうするんですか……?」
「……直ぐに追いかける……」

 それはオービーが嘘を着くときに見せるものでした。左目を一瞬ほんの一瞬だけまばたきさせる。
 シーエイチが教えてくれたオービーの癖、でした。

「オービー嘘をついてますよね……?」
「……」
「追いかけるつもりなんてないんですよね」

 オービーは何も言わずにワタシから目を背けました。

「オービーあなた一人でも、ワタシ一人でも、この状況を生き残ることは難しいと思います。でも、オービーとワタシの2人ならーー」
「無理なんだよ!!」

 オービーはワタシの肩に手を置きました。その手は震えていました。

「オー……ビー……」
「いいか……よく聞け。エスシー……この人数を相手にするとなればどう考えたって2人とも生き残ることはできない。だから今が、あいつらが動いていない今が逃げ出すことが最大のチャンスなんだ……」
「でも、だったらオービーも一緒に……」
「バーカ……2人とも逃げて、追ってこられたらそれこそ同じことだろ?」
「でもっーー!!」
「なぁ……頼むよ。エスシー。俺の最初で最後のお前へのお願いだ……お前だけでも生きろ」

 そう言ったオービーの笑顔は、ワタシが今まで見たもので一番きらきらと輝いているように見えて、まるでそれがシーエイチや本好きなあの子と最後に別れた時のようで……。
 ワタシの胸は、ギュッギュッと締め付けられて……ワタシの瞳からは涙がとめどなく溢れていました。



つづく

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