うたの日 薔薇短歌まとめ

うたの日(http://utanohi.everyday.jp/)で、薔薇(首席)をいただいた短歌が100首になったのでまとめました。
うたの日に投稿した短歌はうたの日という場、ののさんの題じゃないと生まれなかったものばかりです。ののさん、うたの日のみなさん、いつもありがとうございます。

2021年2月9日~2023年12月10日(748首)

『晴』
屋上であなたと虹を見た日から好きな天気は雨のち晴れです

『秒』
一秒で押したシャッター思い出をまた一秒で削除してゆく

『吹』
おさなごが綿毛を吹いてタンポポの住み処を決める神さまになる

『制服』
まだ人の匂いがしない制服の下に翼がたたまれている

『迷』
赤ちゃんの迷子になった靴下で春の野原はつくられている

『加』
パーティーに犬が加わりはつなつの冒険に出る目指すは海だ

『緑』
少しだけマスクをずらしテスターのように緑を吸い込んでみる

『心臓』
甘夏は夏の心臓 食べ尽くすわたしの中でひかりはじめる

『自由詠』
「部活」って家を出てきた公園でアクエリアスの打ち水をする

『来』
来年の夏に会おうと言い合ったトーク画面は年を取らない

『味噌』
味噌汁をひと口飲んで吐く息の長さで冬の深度を測る

『セーター』
セーターを脱ぐときにだけ現れるお疲れ気味のライオンがいる

『躯』
ラッセンの海を泳いでいるような思春期のまだ伸びゆく体躯

『改』
改行をし忘れていた一日の終わりにやっと窓を見ている

『シャンプー』
重大な秘密のように髪ゴムを解いて君は香りを明かす

『ベル』
立っている前の座席が空いたとき自分で鳴らす福引のベル

『ヒント』
球根の芽が伸び始めおさなごに春のヒントをのんびり告げる

『毎日』
ポップアップ通知のように梅が咲き毎日春の進捗を知る

『東日本』
方角に中心はなくおのおのの東日本へ瞳を閉じる

『残念』
この春も会ひたいひとに会へなくて残念さうに揺れる菜の花

『だっけ』
何色を植えたんだっけ 花が咲くまで名を秘めた感情がある

『ショパン』
雨だれの待合室で自らのひざを奏でる少女のショパン

『単』
俯いたきみは単館上映の映画みたいにめがねを外す

『流』
旅をした海の匂いは剥がされてアクアリウムに眠る流木

『誘』
はつなつの波の誘導尋問に答えるようにサンダルを脱ぐ

『勘』
みづからを暗い星だと勘違ひしてゐる月に送る絵葉書

『写真』
もう捨ててしまうつもりで傾けた写真立てから海がこぼれる

『煙草』
煙突を煙草のやうにくゆらせて気怠げだつた町の横顔

『可』
昔好きだった映画を見返して心の可動域を測った

『クチナシ』
少女らの内緒話を預かつてクチナシの実はちひさな金庫

『四季』
まだ四季の移り変はりを知らぬ子にはじめて初夏の風を教へる

『好きなカクテル』
チョコミントアイスを食べた放課後の続編のようにモヒートを飲む

『気』
みどりごの気化した涙を吸ひ込んで母のかたちに膨らんでゆく

『会』
風鈴のはじめましての挨拶に会釈をかへす庭の向日葵

『紫』
けふも子を泣かせてしまふわたくしの血管のごと紫キャベツ

『隊』
勇者にも戦いたくない夜はありおどりこだけの隊列を組む

『美』
美しい歯並びだつたお祭りのたうもろこしも齧るあなたも

『拘』
あさがほに拘束されて金網は初めて夏のよろこびを知る

『蜂』
幼子のことばはたまにミツバチでわたしの内にある養蜂場

『牡蠣』
牡蠣の身をナイフで剥がす波打つた殻から少し匂ふ月光

『葉』
繰り返しどようびを読む幼子に葉をおあずけにされるあおむし

『追』
遺書になる手紙と知つてゐるやうに九月の蝉の長い追伸

『焼』
焼きましをするやうにまた祖母おほははは薄紅色の記憶を語る

『槍』
あなたから届いた星が槍傷のやうに海馬に残つてゐます

『中』
満月の中身はきつとこの桃のやうにやはらか 月光を吸ふ

『高』
わたくしを守つてくれるちやうどよい傘の高さがまだわからない

『ダイチョウ』
子はだてう私はうづらそれぞれに夢の卵を抱へて生きる

『交』
イヤフォンを強く押し込み僕だけが信じる神と交信をする

『定型』
教室に四角く並び定型にをさまることを学びゆく子ら

『川』
をさなごに嘘をつくとき喉元にわれを見上げる川獺がゐる

『カタログ』
夕焼けのカタログを見て神さまが決めたのだらうこの夕焼けも

『年上』
年上も年下もないをさなごの世界のうつくしき水平線

『おやつ』
鞄へと詰める文庫を遠足のおやつのやうに吟味してゐる

『勝』
騎手の落ちた馬はうつすら透きとほり勝ち負けのない世界を走る

『無量大数』
あたらしきいのちを胸に抱きたる夜明けに無量大数の雪

『有害』
最後には有害ごみとして昏きみづを抱へて電池はねむる

『餌』
たましひを疑似餌のやうにひからせてゆつくり泳ぐ春の図書室

『仕』
本年の苦味が甘くなるやうに母が欠かさずする柚子仕事

『ティー』
冬の陽をほんのり纏ふはちみつをティースプーンへ絡ませてゆく

『王』
生れたての髪を撫づればあらはるる世界一やはらかき王冠

『感』
感熱紙に印刷されてゐたやうに消えてしまつたひと夏がある

『自由詠』
少しだけ生きやすくなる自転車の空気を入れたあとの世界は

『見』
漫画なら見開きだろう駆け上がるきみとぶつかる春の踊り場

『見』
展示より解説ばかり見てしまふわたしにも詩は書けるだらうか

『会』
まだかたき梅のつぼみの初雪に出会ひて学びゆくやはらかさ

『幸』
しあはせをひざに抱へて撫でるときひかりにさへも匂ひがあつた

『二』
吐き出せば二酸化炭素となるやうに変はつてしまふ感情もある

『庭』
読みかけの庭なのだらう一枚の羽根が栞のやうに落ちたり

『待雪草』
不織布の白を纏ひて三年を待雪草のやうに過ごしぬ

『金』
ハーブティーを魔女の手つきで淹れ直す金曜ロードショーの合間に

『体』
たましひが立方体となつたときやすりのやうにかける音楽

『未練』
なづきにも路地裏がありいつまでもうつくしいまま溶け残る雪

『三』
悔しさのあまり取り落としてしまふ夢を三秒ルールで拾ふ

『忘』
持ち主の記憶も徐々に溶けてゆきまどろむ冬の忘れ物たち

『利』
花冷えに貸してもらったパーカーの利息をポップコーンで払う

『島』
夜をゆく車窓に浮かぶいくつもの疲れた顔をした無人島

『目』
突風は春の目隠し さつきまで手を振つてゐたあなたがゐない

『々』
々といふ記号のやうに降る桜 最初の文字は自分で決める

『ボタン』
貝がらを砂のなかから拾ひゆくやうにボタンをかけるをさなご

『急』
件名にいつも【至急】と書くひとを桜の生まれ変はりと思ふ

『マリモ』
胸底の毬藻に似たるさみしさはあたためられて枯れてしまひぬ

『美』
乾きゆく絵の具の匂いに満たされて虹のふもとになる美術室

『ランドセル』
背中から日々栄養を送り出し小さくなつてゆくランドセル

『杉』
伝説の勇者を待つてゐるやうに縄文杉は目を閉ぢてゐる

『頑張』
けふはもう頑張れないと掲げ持つホットミルクはまるい白旗

『壊』
たましひも壊死するらしい好きだつたはずのドラマを漫然と見る

『葉』
葉脈のあみだを辿るあたりとかはずれなどない結末がいい

『自由詠』
窓際に置いた写真が色褪せる速度できっと忘れてゆける

『ぜんまい』
数年間巻き続けたるゼンマイを放つて蝉の鳴く七日間

『登』
砂粒を時間のやうにこぼしつつジャングルジムを子は登りゆく

『ピエロ』
人前でほほゑむためにメイクしてわれはピエロの亜種となりたり

『自由詠』
ガチャガチャのやうに夕日を回したら見たことのない明日が出てきた

『飛』
先生にあてられたとき想像の飛び込み台に佇むわたし

『脳』
落としたら星がこはれる 脳天に林檎を乗せて歩く海岸

『月』
平等な文字盤でせう満月は誰のものにもならないでゐて

『思い出』
幼生のくらげのやうに思ひ出は思ひ出すたびかたちを変へる

『ウーパールーパー』
実体が生まれる前はかみさまの落書きだったウーパールーパー

『ゾンビ』
片隅で考へてゐるゾンビから子をふたり連れ逃げ切る術を

『ラメ』
キャラメルの角を溶かしてゆく冬のわたしのなかにちやんとある熱

『姿』
みづうみを姿見としてどの雲が似合ふか空は考へてゐる

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