9-号外_バラ

「授業・研修の設計」4本(2017年10-11月のnote記事より)

noteマガジン「ちはるのファーストコンタクト」を定期購読いただき、ありがとうございます。定期購読を開始してもその月より前の記事は読めませんので、定期購読者向けにときどき過去の記事をまとめて読めるようにしています。

今回は、2017年10-11月のnote記事から、「授業・研修の設計」についての記事4本をまとめてお届けします。

01 テストとはその人の不十分なところを発見して、完全習得を支援するためのもの。
02 学習者からの要請があったときだけ手助けに入るプロクターが自律性を養う。
03 講師は、その基礎理論、応用領域、現在のトピックとの関連性などについて話す。
04 何かを学ぶときは、自分一人で読み、考え、練習する時間と、仲間の中で聞き、話し、協力して何かを作り上げる時間の両方が必要です。

01 テストとはその人の不十分なところを発見して、完全習得を支援するためのもの。

新しい知識を自分にあったスピードで、しかも完全に理解する方法として「個別化教授システム=PSI」を紹介しています。その特徴は以下の4点です。
 (1) 講師は講義をせず、学習者は用意された独習教材を使って、自分のペースで学習を進める。
 (2) 1つの学習ユニットが完全に理解できたかどうかは、通過テストに合格することで保証される。
 (3) プロクターは、学習者10人程度に対して1人の割合で用意され、学習者から求められたときに、個別に指導する。
 (4) 講師は授業内容としての講義をしないが、動機づけのため授業内容に関連した短い話をすることができる。

前回は、講師の話はそれが必要とされたときに提供されるのが効果が高いということを言いました。ここから、講師の話をビデオにしておく意義が出てきます。しかも、そのビデオはできるだけ短いものにして、いつでも学習者が参照できるようにしておくのがいいのです。

今回は、(2)の通過テストという仕組みを紹介します。

伝統的な授業や研修では、1つのユニットの時間が決まっています。60分とか90分で終了です。もしその中で扱われた内容を、学習者が完全にマスターできない場合は、学習者自身の責任とされてしまいます。

しかし、当たり前のことですが、学習者にはそれぞれ個人差があります。時間内にマスターできる人もいれば、完全習得するためには時間が足りないという人もいます。時間が足りない人にとっては、少しずつ理解不十分な部分が積み重なっていき、最終的には脱落します。落ちこぼれるわけです。これが学習者全員を同じペースで教えることの根源的な欠点です。

PSIでは、講義に頼らず、独習教材を使って自分のペースで学習を進めるので、自分の必要な時間を使って内容をマスターすることができます。この根底にあるのが「キャロルの時間モデル」という考え方です。「時間モデル」とは、それぞれの学習者は自分に必要な時間をかければ、どんなことでも完全習得できるということです。

よく考えれば、跳び箱でも算数でも、その子に必要な練習時間さえかければ、最終的には誰でもマスターできるのです。問題は、伝統的な授業システムでは、その時間がかけられないということです。PSIはそれを解決します。

内容が習得できたかどうかを確認するために「通過テスト」を個別にします。これはその人を点数で評価するためのものではありません。そうではなく、その内容が完全習得できたかどうかを見るためのものです。したがって、合格か不十分かの判定しかありません。もし不十分であったときは、もう一度内容を自分で学習します。通過テストは何度でも受けることができます。最終的には、すべての学習者が満点で通過するものです。

本来、テストとはこのようなものであるべきです。その人の不十分なところを発見して、完全習得を支援するための材料を提供するだけのものです。その人を評価するものではありませんし、序列をつけるものでもありません。

02 学習者からの要請があったときだけ手助けに入るプロクターが自律性を養う。

新しい知識を自分にあったスピードで、しかも完全に理解する方法として「個別化教授システム=PSI」を紹介しています。

前回は、通過テストというシステムの説明をしました。通過テストは、その単元を完全に習得したかどうかを確かめるものであって、成績をつけるものではありません。したがって、合格するまで何回でも受けることができます。通過テストの役割は、学習者に不完全な理解があれば、それを指摘することです。

今回は、(3)のプロクターの役割を紹介します。

プロクター (proctor) は、英語の辞書を引くと、試験監督員などの意味が載っています。その通り、通過テストの試験官役をすることもあります。しかし、プロクターの役割の中心は、学習者に対して個別に指導することです。

PSIでは学習者は独習用の教材を使って、自分で学習を進めていきます。独習用の教材は一人でも進められるように相当丁寧に、スモールステップで作ってあります。それでも、学習者によっては、理解しにくいところやつまづくところはあります。そのときに、プロクターが個別に、あるいは何人かまとめて指導に入るのです。

このとき、必ず学習者の方から要請があったときだけ指導に入るようにします。何も要請がないのに指導に入ることはありません。こうしたシステムを取ることで、学習者の自律性と自発性を促すようになっています。PSIは自律的な学習者を育てるシステムなのです。

2008年くらいから使われるようになった「マンスプレイニング (mansplaining) 」という言葉があります。これは man と explain の合成語で、「(頼まれてもいないのに)解説してくる男」という意味です。そう言われれば、そういう人はごくたまに見かけます。私自身もマンスプレイニング気味かもしれません。教員という仕事柄でそうした傾向があるのかもしれません。

ともあれ、プロクターは押し付けがましく解説するマンスプレイナーではなく、学習者からの要請があったときだけ手助けに入る個別指導員です。プロクターを配置することでPSIという教授法が成立します。プロクターを何人用意するかは、学習者の人数に依存します。理想的には、学習者10人対してひとりのプロクターを配置するのがいいでしょう。

03 講師は、その基礎理論、応用領域、現在のトピックとの関連性などについて話す。

新しい知識を自分にあったスピードで、しかも完全に理解する方法として「個別化教授システム=PSI」を紹介しています。

前回は、プロクターの説明をしました。プロクターは学習者からの要請があったときだけ手助けに入る個別指導員です。

今回は、(4)の動機づけとしての講師の話について説明します。

PSIでは、講師の仕事は講義をすることではありません。講義なしで、学習者が自分のペースで独習教材を使って進めていくのがPSIの特徴です。ですから、講師の仕事は講義をすることではなく、独習教材を作成したり、通過テストを用意したりすることです。そして、これらの仕事は授業が始まる前にはすでに完了しているのです。

では、講師は一切話をしないのかというとそうではなく、例外的に話をすることがあります。それは、学習者が学習内容により興味を持ってもらえるように動機づけを目的とした話です。

学習者が取り組んでいる学習内容は、それ自体で独立しているものです。そこに不足しているものは、その学習内容の土台となっている基礎的な理論や事実であったり、その内容が他の領域でどのように使われるのかというような応用的なものです。また、今社会で話題になっていること、問題になっていること、流行になりそうなこととの関係性を話すこともできます。

そこで講師はこのような基礎的な理論や応用的な領域、また現代のトピックとの関連性についての話をすることができます。こうした話を聞くことによって学習者は、今自分が学習している内容の位置づけをすることができます。そうすることで、学習者は学習内容により強い興味を持つことができるでしょう。

このような話題は、独習教材自体に含めると分量が多くなってしまいます。したがって、講師がタイミングをみて話をするのがいいのです。それは、学習者の気分転換にもなるでしょうし、学習動機を高めることにもなります。

さらに重要なことは、今学んでいる学習内容の位置づけができることです。学習内容単体では、そのときは内容をマスターしたとしても、いずれ忘れてしまいます。しかし、他の話題との関係性を話しておくことで、記憶のネットワーク化が促進されます。そうすれば、学んだ内容がより強く定着し、必要なときに思い出して使うことができるのです。

04 何かを学ぶときは、自分一人で読み、考え、練習する時間と、仲間の中で聞き、話し、協力して何かを作り上げる時間の両方が必要です。

今回は「個別化教授システム=PSI」の最終回です。

前回は、動機づけとしての講師の話について説明しました。PSIにおいては、学習は独習教材に基づいて自分のペースで進め、わからないときはプロクターに援助を求めます。ですので、講師の話は学習を動機づけるという目的のためだけに行います。

以上のように、PSIは完全習得学習を実現するためには理想的な授業の方法です。しかし、この方法は現在の初等教育、中等教育、高等教育を通じて、採用されていません。その理由は、教室内での一斉授業と決められた授業時間という制約があるからです。個別に必要な時間だけ学習にあてるというPSIシステムと一斉授業のシステムとは相いれないものです。学校教育における一斉授業のシステムは強固なもので、21世紀になってもいまだに大きな変化が起こっていません。

確かに教室での対面授業には良い効果がたくさんあります。チームで学習を進めたり、プロジェクト学習をしたり、教えたり、教えられたりして協力することなど、対面によって学ぶことはたくさんあります。しかし、その一方で、自分のペースで学習した方がよりよく習得できることもたくさんあります。よく考えてみれば、自分が何かを学ぶときは、自分一人で読み、考え、練習する時間と、仲間の中で聞き、話し、協力して何かを作り上げる時間の両方の時間が必要なのです。

そう考えると、教室での対面授業では、対面してやることで効果の上がる学習形態をとるのがいいでしょう。それは、ピアインストラクション(教えあいによる学習)であり、チームベースによるプロジェクト学習などです。そしてもう1つの学習形態である、個人で自分のペースで学習を進めるという時間はそれとは別にとるべきなのです。問題は一斉授業の形態では個別ペースによる学習は保証できないということです。

そうはいっても、教室での授業と決められた時間での学習というシステムはすぐには変えられないでしょう。そこで「制約つきPSI」という方法が考えられます。大学で言えば、90分の授業を15回行うという制約がついています。しかし、学生によってはその時間では完全習得できません。にもかかわらず、授業期間が終われば、そこで授業が終わってしまいます。このようにして、不完全な習得のまま授業が終了してしまうというわけです。それは成績がどうこうという問題ではありません。問題なのは、習得すべき内容が不完全な習得のまま終わるということです。

もし授業時間の制約が変えられないとすれば、制約つきのPSIを試してみる価値はあるでしょう。一定の授業期間で終わってしまうとしても、その間はできるだけPSIで進めるということです。具体的には、授業期間の前半は、完全習得のPSIを行い、ここでは習得すべき必須の内容を個別に必要な時間をかけてマスターしてもらいます。授業期間の後半は、応用的でオプショナルな内容を組み込んでおき、より進んだ内容を求める学習者に対応します。

このような形で、伝統的な授業の枠組みの中で「制約つきPSI」を実施することができます。

マガジン「ちはるのファーストコンタクト」をお読みいただきありがとうございます。定期購読者が増えるたびに感謝を込めて全文公開しています。このマガジンは毎日更新(出張時除く)の月額課金(500円)マガジンです。購読者が増えるたびに感謝を込めて全文公開しています。テーマは曜日により、(月)アドラー心理学(火)教える/学ぶ(水)研究する(木)お勧めの本(金)連載記事(土)注目の記事(日)お題拝借で書いています。ご購読いただければ嬉しいです。

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 100

ご愛読ありがとうございます。もしお気に召しましたらマガジン「ちはるのファーストコンタクト」をご購読ください(月500円)。また、メンバーシップではマガジン購読に加え、掲示板に短い記事を投稿していますのでお得です(月300円)。記事は一週間は全文無料公開しています。