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【切抜】オンライン教育では物理的距離ではなく交流距離が重要

2024年4月2日(火)

火曜日は「ファーストコンタクト」のお気に入りの過去記事を切り抜いてお届けしています。

2020年4月25日

オンライン授業の問題はもともと対面授業の問題である

オンライン授業の問題点として挙げられるものは、もともと対面授業でも問題となっていることです。たとえば、「オンライン授業では学生が何をしているのかわからない。授業を聞かずにネットサーフィンをしていても、誰かとチャットしていても、内職をしていてもわからない」という指摘があります。しかし、それは教室での対面授業でも同じです。むしろ隣の人と私語をして授業の進行を妨げるようなことが起こらないので、オンラインの方がましだということもできます。

オンラインコースではドロップアウト率が高いという問題があると言われます。確かにそれは問題ではあります。しかし、ドロップはオンラインだけではなく対面でもありますので、程度の問題と言えます。むしろ対面授業では、最後まで出席していても最終テストで落ちるということがあります。つまり、到達目標に達しなかったということです。それは最終テストをやるまではわからなかったことです。オンラインコースでは、ドロップすればすぐにわかります(課題の提出がないなど)。そこで早めに介入することができます。どちらが絶対的にいいということは断定できません。

さて、いまふってわいたように盛んになりつつあるオンライン授業は、今から50年前の1970年代にその発端があります。もちろんインターネットもまだない時代です。それは「遠隔教育 (Distance Education)」と呼ばれるものです。さらにさかのぼると、1886年の「早稲田講義録」が通信教育のはじまりと言われています。

藤岡英雄 (1980) は「通信教育の可能性—遠隔教育論的アプローチ—」という論文の中で下のような図を示しています(『教育学研究』47(4), 298-307)。

直接的・対面的教育では、共通の学習の場(CF)の中で教授者(T)と学習者(S1, S2)がやりとりを行います。それに対して、遠隔教育では、学習者はそれぞれに個別の学習の場(IF)を持っていて、そこで学習媒体(M)をやりとりします。必要に応じて、共通の学習の場(CF)を使って、スクーリングや共同学習を行います。それは個別学習の補完と強化のためのものです。

学習リソース、学習活動、フィードバックがすべて可視化される

この図を一見すると、遠隔教育では情報の流れが複雑になっています。しかし、それは同時に媒体を通すことによって可視化され、すべてが記録として残るものになります。

一方、対面授業ではすべての情報が共通の学習の場でリアルタイムにやりとりされます。そこでは場の雰囲気や情感的なものまで含まれています。そのため、充実した感覚が残ります。しかし、そこでは「なんとなくわかった雰囲気」だけしか残らない危険性もあります。

本当にわかったかどうかは自分が独力で表現する(話したり書いたりする)ことができるかどうかによって測られます。それを遠隔教育ではすべて可視化するのです。さらには教員がどのように説明したか、どのような教材を供給したか、どのような課題を設定したか、それに対してどのようにフィードバックしたか、こうしたことすべてが可視化されます。そしてそれを検討し、改善することができます。それが遠隔教育の優れた特徴です。

オンライン教育では物理的距離ではなく交流距離が重要

マイケル・G・ムーアは、遠隔教育の文脈で「交流距離 (Transactional Distance)」という概念を提唱しました。教育に影響するのは、物理的な距離ではなく、対話の頻度 ・量(Dialog) とコースの構造化の程度 (Structure) によって決まる交流距離だと主張しました。この交流距離という概念は、物理的距離に対して、教員と学習者との心理的・教育的な距離と位置づけられるものです。

上の図をご覧ください(熊谷慎之輔 (2009) M. G. ムーアの遠隔教育論『岡山大学大学院教育学研究科研究集録』 140, 133-141)。横軸は対話の量、縦軸はコースの構造化の程度です。対話が多く、構造が自由である第1ゾーンは交流距離が最も小さくなります。反対に、対話が少なく、きっちりと構造化されている第4ゾーンは交流距離が大きくなります。

ここでのポイントは、交流距離が大きいものはダメというわけではなく、交流距離が大きい場合は、学習者の自律性 (Autonomy) が求められるということです。

つまり、オンライン授業で重要なことは、教員が学習者の自律性を観察しながら、この交流距離をコントロールするということです。それは難しいことではなく、対話の頻度と量をコントロールすることと、教材作成によってコースの構造化をコントロールすることによって可能です。そしてオンライン授業では、同期的なオンライン授業(Zoomなど)と非同期的なオンライン授業(授業ビデオ、課題、フィードバック、BBSでの質疑)による情報の流れをコントロールすることで可能です。

オンライン授業は不十分な対面授業ではなく、その拡張である

「オンライン授業は不十分な対面授業ではない」と私が書いたのは、以上のような理由です。オンライン授業は伝統的な対面授業が進化した形なのです。

いままで対面授業でできていたことが、オンラインでは複雑になり、面倒になると感じることは当然です。これまでやってこなかったのですから。しかし、それをやることで対面授業では隠されてきたことがすべてオープンになります。それによって教授・学習の過程が明らかにされます。

とすれば、たとえ問題があったとしても、あとはそれを改善するだけです。オンライン授業は不十分な対面授業ではなく、対面授業の問題を改めて可視化して、それによって実質的な教授学習システムがどう進展するのかを具体的に示すものとなるでしょう。

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