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8月2日 そのおやつはどこから?【今日のものがたり】

 真夜中の学校から話し声が聞こえてきます。

「職員室に忍び込むなんて物好きね」
「今日は満月ですから。この日だけは結界が破られ、自由になれる夜にじっとはしていられないでしょう?」

 話しているのは人間、のように見えますが、昼間ここを利用している者たちには“ほぼ”見えません。

「それで職員室なんて、面白味ないでしょう」
「トイレよりは楽しいですよ」
「私の“ホーム”を貶すのはやめてくれないかしら」
「すみません。私は正直が売りなので」

 不穏な空気が流れます。そのなかへ気まずそうに現れた人影があります。

「花子姉さん、あいつ誰なんですか」
 
 はなこねえさんと呼ばれた者が小さく息を吐きました。

「保健室の先生が考えたキャラクターよ。“保健室だより”にいつも描かれていて、先生自身がフィギュアを自作してマスコットとして保健室に置いているの」
「保健室だよりのキャラクター? というか姉さん、詳しいですね。さすがです」
「まぁ、トイレと保健室は繋がりがあるから」
「なるほど」
「あなただって保健室とは繋がりあると思うのだけど。じんたいもけいくん」
「ちょ、リアルネームで呼ばないで下さいよ」

 花子姉さんに話しかけたのはまさしく人体模型にしか見えない“人”です。

「仕方ないでしょ。人体模型なんだから」
「そんな身も蓋もない」

 どうやら花子姉さんと人体模型くんの仲は悪くないようですが、上下関係は存在しているようです。

「で、どうして保健室のキャラクターくんは職員室へやってきたの?」
「それはもちろん、おやつをいただくためですよ。というか、その呼び方やめてくれませんか? 僕にはちゃんと“たもつちゃん”という名前があるんですから」
「たもつ? ……ああ、保健室の保をたもつ呼びしたのか。なんでけんちゃんじゃなかったんだろ? でも、うらやましいな、“名前”があるなんて」
「人体模型だってわかりやすくて良いと思うけど……」
「そう言ってくれるのは花子姉さんだけですよ~。……で、そう! おやつだった。おやつってどういうこと? 職員室にあるの?」
「君、知らないの? 学校の先生というのは、こういった机の引き出しにおやつを隠し持っているのだよ」

 そう言って実際に開けた引き出しから取り出したのは四角い形に包装されたチョコレート菓子でした。

「ほおら」
「すごい! 先生っておやつOKなんだ!」
「……はぁ」

 テンション高めな人体模型くんの横で花子姉さんは苦笑いです。

「それならわざわざここへこなくても、保健室にも机はあって引き出しもあるのだから、そこからでもいいんじゃないの?」
「それじゃあ、意味がないです。だって私は保健室の先生にあげたくてここからちょうだいしているのですから」
「先生にあげたくて?」
「そうです。私を生み出して下さった保健室の先生へ感謝の気持ちを伝えるために、私はおやつをこっそり増やしているのです」
「なるほど」
「……はぁ」

 大きくうなずく人体模型くんの横で、花子姉さんは再びため息をもらします。

「感謝の気持ちを伝えるのは良いことだけど、“人間”のものをちょうだいして別の“人間”に与えるという方法は改めないと」

 花子姉さんの至極まっとうなご意見です。

「大丈夫ですって。ちゃんと保健室の先生と仲のいい先生のおやつを選んでいますから」

 そう言って、にっこり微笑むたもつちゃんです。

 夜はまだまだ始まったばかり。真夜中の学校はこれからが本番です。

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