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7月23日 文月のふみの日に【今日のものがたり】


 昔の私は饒舌だった。
 紙の上では何でも話せた。

 それこそ、気に入った柄のレターセットがあったら、色違いで揃えるくらいたくさん持っていた。そして、それをちゃんと使っていた。

『お元気ですか? 私は元気です』

 間違いなく私は、手紙を書くのが好きだった。文通もよくしていたし、歩いていけるくらいの距離に住んでいた友だちにわざわざ切手を貼って手紙を送っていたことすらある。漫画家さんへファンレターも書いた。お年玉では必ずレターセットを買っていた。

 なのに今、最初の一文を書き始められないでいる。
 
 手紙の相手は、もう長いこと会っていない人だ。大切な人、であるはずだけど、私とその人の関係性を言葉で表すのは少し困難だ。誰にも言えないような恋愛関係ではないけれど、恋愛が絡んでいないとは言い切れない。
 むしろ、それがなければ多分きっと、こうして手紙を書こうだなんて思わなかっただろう。自然に、何もなかったことにできたかもしれない。

 いや、何もなかったことになんてしてはいけないのだ。こうなるまでの間に、素敵なことはたくさんあった。いっぱい笑って、少し泣いて、私は確かに楽しかったのだから。

「手紙書いてよ。読んでみたい」

 そうだ、いつの日だったか、手紙の話をしたことがあった。
 何でもメールで済ませられるようになって、紙に書くことから離れていた私はそのときも「恥ずかしいからちょっと……」と言ってごまかしたのだ。今思うと、口にするより手紙のほうがずっと言いたいことを言えたはずなのに。

 このことを相手が覚えているかはわからないけれど、やっぱり書こう。書かなければいけないのだ。

「お元気ですか? 私は元気です」

 饒舌だったあのころと同じ書き出しでいこう。だってこれは魔法の言葉だから。楽しかったあの頃に戻れるおまじないなのだから。
 きっと、きっと……。

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