見出し画像

1月20日 シマエナガが繋ぐ未来【今日のものがたり】

 佐津川高校2年L組の齋藤 豪騎(さいとうごうき)と中村雪乃(なかむら ゆきの)は、仲の良い友人同士からその先へなかなか進めないでいる、微笑ましい二人だ。
 今が、楽しい。それを壊したくないと思うのは自然なこと。でも、どこかもどかしい。本当は、心にある気持ちを伝えたい。でも、言えない。そんな思いを抱えながら今日もいつものように授業を受け、放課後になった。
 雪乃はとある目的があり家庭科室へと向かっていた。

 なんとその家庭科室には先客がいる。そう、豪騎がいるのである。彼は名前のイメージ通り、クラスで一番背も高く、ガタイもよく、何かしらのスポーツをしていると思われがちだ。しかし、彼は運動部には所属していない。放課後はここ、家庭科室で黙々と、黙々と……

「小さすぎたか? いや、あいつが持てばちょうどいいか」
 ひとりごちながら、作業する手は止めない。もうすぐ完成するあるものを明日、雪乃に渡したいと思っているのだ。
 そこへ、家庭科室の扉をノックする音が聞こえてくる。あやうく指に針を刺しそうになったが、寸前で回避できた。しかし、「失礼します」と言って入ってきた人物に豪騎は目を見開いた。
「雪乃?」
「わっ、え、なんで豪騎がいるの?」
 そう、このふたり、下の名前で呼び合えるくらいには親しいのである。これもそれも、小学生時代からの友人であり、その頃は男子も女子も苗字ではなく名前で呼び合うことが自然だったのだ。
 二人はそれをこっそりありがたく思っている。もし、高校で出会っていたら苗字から名前呼びに移行するタイミングを今もまだ探っていただろうと感じているからだ。そういう友人がクラスメイトにいるのだ。

「それはこっちの台詞だ。俺は家庭科部だぞ。ここにいても何の不思議もない」
「そうか。そうだよね。でも、今日って家庭科部の活動日じゃないよね?」
「そうだけど、活動日じゃないってよく知ってるな」
「そりゃあ知ってるよ、ごう……」
 雪乃はなんだか最近、こうやって途中で口ごもることが増えたなと実感している。少し前までは平気で会話していたことも、どうにもこそばゆく思えて素直に言葉にできなくなっているのだ。理由はなんとなく、わかっている。でも、それを確定させるのが少し、怖い。
 これまでもうずっと二人だけで話してきているのに、なんで今、こんな気持ちになるのだろうと戸惑っている。
「そういう雪乃こそ、部活はいいのか。今日、活動日だろ」
「本来はそうなんだけど、この間、写真展が終わったから今日はおやすみなんだ」
「見に行ったときも言ったけど、雪乃の写真、すごかったなー。ああいう角度? アングル? から撮るなんて俺は思いつかない」
「ありがとう」
「なぁ今度撮り方教えてよ」
「いいよ。豪騎は手先が器用だから写真もきっと上手に撮れるよ」
「人生も器用にいけたらいいんだけどな」
「そうだね。でも、不器用でも器用でも、今が楽しいって思えたらそれだけでも幸せかなって」
 突然人生なんて単語、雪乃も少しびっくりしたのだが、豪騎は冗談が通じない人ではないけど、冗談をあまり言わない人ではあるので、ちゃんと言葉通り受け止めて返すようにしている。それに、こういう会話は豪騎としかしないような気がして、だから、つまり、楽しくて幸せなのだ。

「豪騎が作ってるのってもしかしてシマエナガ?」
 雪乃は豪騎が手にしているものを見つめて笑顔になる。
「お、わかってくれたか」
「わかるよー。めっちゃかわいいもん」
「かわいいよな、シマエナガ」
「それを羊毛フェルトで作っちゃう豪騎がすごいよ」
「専用のキットもあるし、コツをつかめば雪乃だって作れるよ」
「じゃあ今度は、私が羊毛フェルトでなにか作って、それを豪騎がカメラで撮るっていうのはどう? いつもと逆パターン」
「おもしろいな、それ」
「やろう、やろう」
 うん、やっぱり楽しくて幸せだ、と思うのだ。こうやってずっと楽しく話していたい。
「もうすぐ完成するから、できたら雪乃にあげるよ」
「え、私に?」
「そのために作ってた。サイズも手のひらサイズでちょうどいいはずだ」
「ありがとう! この大きさならペンケースに入れて、毎日眺めていられるね」
「確かにいれておける大きさだな。いい考えだ」
「でしょ。数学とか難しい授業のときにこっそりみて癒してもらおっと」
「あはは。」
「癒しは大事だよ~」
「大事だよな」
 今、この時間のように。二人はそれを口にはしないけれど、同じタイミングで同じことを思っているのだ。二人はそれに気づいていないけれど。
「ところで、雪乃はどうしてここへ来たんだ?」
「あ、そうだった。そもそもの目的が……」

 神様はそう遠くない未来にきっと、その先へ進む素敵なきっかけを二人に贈ってくれることだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?