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4月9日 フォークソングを深夜に奏でて【今日のものがたり】

 夜の音楽室へようこそ。
 
 日を跨いだようですね。本来、現世を生きるものたちはこの時間、ここへ来ることはできても、“私たち”を見ることはできないと聞きます。ですが今宵は特別に、あなたにだけお見せいたしましょう。

 さて、こちらの小学校では有名な音楽家が音を奏で始めたようです。
 ほうら、聞こえてきましたでしょう? そう、月光の調べが。ベートーヴェンくんが弾いています。なんでもじゃんけんなるものにようやく勝てたらしく、一番手で弾いています。
 
 あ、申し遅れました、わたくしはモーツァルトでございます。夜の音楽室の良いところは、生きた年代を問うことなく集えるという点にあります。そしてそれは音楽家だけにあらず、校内にいる“モノ”でしたら……おっと、“ナイトメア”でしたでしょうか、わたくしたちをそう呼ぶものもいるようです。

 さて、わたくしは今宵、ピアノではなく別の楽器を奏でたく考えておりまして。音楽室の隣は音楽準備室となっていまして、音楽室から唯一行き来できるところなのです。
 ここにはいろいろな楽器が保管されています。わたくしのお目当てはこちら。アコースティックギターでございます。先日興味を抱きまして、詳しい御仁に手ほどきを受けたのです。

 わたくし、この小学校に住まうようになってそれなりの年月がたっておりまして、これまでにいろいろな音楽を耳にしてきました。
 そのなかで、この準備室にこっそり忍び込んでギターを鳴らしながら歌っていた御仁がおりまして、わたくしは注意できる立場にありませんので、こちらもこっそり黙って見ておりました。
 そうしましたら、なんとこの歌が、わたくしの弱くないはずの涙腺を刺激いたしまして、それ以来、その歌の虜となってしまったのです。

 わたくしはできる範囲で調べました。その歌の正体を。この年になって……いえ、厳密に言えば、わたくしはもうずいぶん前に年を重ねなくなったので、肖像画の見た目と同じままなのですが……とにもかくにも、わたくしがたどり着いたのはフォークソングというものだったのです。

 ギターの音色もまた、ピアノと違った美しい響きがあり、良いものであるとわたくしは思いました。それからわたくしの十八番は、わたくし自身が作った曲プラス、フォークソングと相成りました。
 さて、そろそろここで一曲──

 おや? 今どこからか、悲鳴のような叫び声が聞こえてきたような……。
 こんな時間に悲鳴とは……トイレの花子さんが久しぶりにお仕事でもしているのでしょうか。しかしながら、わたくしたちは特別な力なくしてはトイレまで行けないので確かめようがございません。
 悲鳴をあげた誰かに届くかどうかはわかりませんが、歌を唄いましょう。今宵もどうか素敵な夢を見られますよう……。

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