見出し画像

4月23日 あなたに本を【今日のものがたり】

 姫様が私の作った作業服を着て本を読んでいる。

 ドレスじゃない、シンプルな作業服なのに、とても絵になる。
 ここは照明が少し暗いのだけど、姫様のまわりだけほんのり明るく照らされているような美しさがある。
 この国の大事な大事な姫様が私の職場に訪れている。手書きという特殊な書物を集めた一室にだ。それが現実のことであると、最近ようやく受け入れられるようになってきた。同じ作業服を着ているからかな。そんな勝手な親近感を抱いてしまうくらい、私は姫様と一緒にいるといつも楽しい。

 姫様はいつもここへ来るとき、ここから城へ戻られるとき、微笑んでくださる。その笑顔が見たいから、私は今日も明日もがんばろうって思える。

「はーおもしろかったわ」

 姫様が本を静かに閉じこちらに笑みを向けてくれた。
「続きが読みたくて読みたくて、昨夜はなかなか眠れなかったのよ」
「その気持ちわかります」
 ここに蔵書されているものは特別な許可なく持ち出し貸し出しが禁じられているから、管理者の私ですら簡単に家へは持って帰れない。

「本って本当にすばらしいと思うわ。知らないことを知ることができるのですもの」
 姫様は立ち上がり手にしていた本を棚に戻す。
「私ね、このところ、知らないことが多すぎて自分にイライラするのよ」
 姫様は話しながら別の本を棚から取り出す。
「城では大人たちが難しい話をしているの。でもそれは、私が知らないだけで、知っていることなら難しい話とは思わないのかもしれない」
 姫様の表情が少しかげる。しらないことが多すぎるというのは私も一緒だ。大人の人たちはなんでみんなそんなことまで知っているの? ということまで知っていて、私はそのたび本を開いて調べている。

「ここは本当ににすごいところだわ。すごいという言葉でしか表現できないのが悔しいけれど、すごいわ」
 ここにある書物だけでなく、世界中に存在している本というものには無限の可能性があるのではないかなと、私は思っている。

「だから、一日中ここにいても怒られないクローディアがうらやましいわ」
「え……」
「ごめんなさい。うらやましいだなんて言ってはいけないわね。私が城で与えられているものを考えたら」
「そんな……謝らないでください。私はこうやって姫様が来てくださって本を読んで、そのことを楽しいと思っていただけているだけですごく嬉しいですから」

 そう、いつか姫様に「これだ」と思える本を贈ることが私の密かな夢になっているくらい、嬉しい。

「ありがとう、クローディア」
 姫様は手にした本を抱きながら微笑む。なんだか少し、頬が赤い。
「時間はかかるかもしれないけれど、私はいつかあなたに、本を贈れるような人になるわ」
「姫様……」
「そんなに驚かないでよ。これでも話すのにとっても緊張したのよ」
「す、すみません……すごく、嬉しくて……」
 どうしよう。姫様が私と同じことを考えていてくださったなんて……。ああ、この世に、本というものが存在していて本当に良かった。

 これからもこの仕事に誇りを持って働こう。きっと訪れる、すばらしい未来のために。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?