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『心理療法家になる 内界の旅への実践ガイド』を読んで

臨床心理士の大先輩である山田勝先生からご恵贈いただいた本を読みました。翻訳がスムーズであるからでしょうか。著者コゾリーノ氏に語りかけられているように感じながら読み進めることができました。


臨床現場に腰を据え続ける心理療法家になるためには、自分自身の内界を率直に見つめることが重要であると本書の至る所で記されています。これはコゾリーノ氏に言われるまでもなく知識としては理解しているのですが、その実践は難しく、今までにも多くの心理臨床家が、セラピスト自らが内界を見つめることの重要性を指摘しています。それなのに、コゾリーノ氏の語りから新たに学ぶことが幾つもありました。それはどうしてなのか。おそらくコゾリーノ氏の語りに魅力があるからだと思います。


コゾリーノ氏の文章というか語りに特徴的であったのは、現場感覚が肌から伝わってくるという点でした。本書では各トピックに合わせた豊富な事例が紹介されています。そして、現場にいる心理療法家であるからこそ感じる戸惑いや衝動についても、率直に表現されています。そういった文章自体が、コゾリーノ氏が心理臨床を通して、常に自身の内界への旅を続けてきたことの証でもあるだろうと感じました。


「内界の旅へ乗り出そう(はじめにⅸ)」と明るく送り出してくれる時もあれば、心理療法の中で感じる混乱や落胆や偏見といった、たとえ気づいたとしてもそらしたくなるような心境についてもコゾリーノ氏は一緒に立ち止まってくれます。そして、ただ戒めるだけではなく柔らかく受け止めていくことを読み手に促す語りは、非常に優しく、かつ包容力のある対応であると感じました。大切なポイントが箇条書きで示されている箇所が多数あり、読み進めやすいように工夫されている点も、読み手に優しい表現であると思いました。


一点だけ私にとって消化不良であったのは「シャトル」という概念です(P124、他)。「シャトルすることとは、あなたの体験のさまざまな側面に注意を移動させていくことによって、あなた自身とクライエントを持続的に探索し続けることである。それは、あなた自身の内界にある意識(awareness)が、いったんクライエントまで行き、そして再び戻ってくるというように、動くことである(P124 )」と説明されています。訳者の皆さんも苦戦したようで、日本語になりにくいため「シャトル(往復する)」「シャトル・アップ(往復する際の上昇する動き)」「シャトル・ダウン(往復する際の下降する動き)」とカタカナ表記にしたと脚注に説明されていました。


確かにクライエントとセラピストの対話の往復だけではない意味がシャトルには込められているのだろうと思いますが、もう一つ理解しきれませんでした。そのまま日本語で往復と表現し、往路、復路と訳すわけにはいかなかったのだろうなと推測します。表層から深層へという動きを示している部分もあるし、身体から心への動きを示している部分もあるような…。シャトル(往復)と表現されるけれど、そのやりとりの点と点の関係性がかなり複数想定されているのだろうかとも思いました。とにかく、また読み直して考えを深めたいです。訳者の皆さんが幾つもの日本語を当てはめてはしっくりこなかったのだろうと想像すると、その過程で語り合われたことを聞いてみたい気持ちにもなりました。


読了したのは1月初旬でした。この本を読むことで、自分の臨床についてのもの想いが豊かに膨らみ、まだまだ心理臨床を続けてもいいかなと、励ましに似たメッセージももらえました。人によっては望ましくないと言うかもしれませんが、監訳者のあとがきから読み始めるのもよいと思います。現在の日本で、心理療法家としての専門性、あるいは広く心理療法的視点を活かす必要性について、悩み葛藤している多くの心理療法家にとって、この本が、コゾリーノ氏の語りが、胸に響くのではないかと思います。内界への旅は楽しくも険しい旅でもあるでしょう。優れたガイドがあるならば手元に置いてページを開くことをためらう必要はありませんね。新年早々良い本に出会えたこと自体、旅を続ける者として嬉しく思います。     (20230119)


(紹介した本「心理療法家になる 内界の旅への実践ガイド」ルイス・コゾリーノ著 山田勝監訳 誠信書房 2022)

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