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ジャニーズと人文学

私は、茨城大学人文社会科学部現代社会学科という組織の中の「メディア文化メジャー」というところに所属しています。メディア文化メジャーにはマスコミ分野、情報デザイン分野、文化研究分野の3つのグループがあり、私は文化研究分野を担当しています。

文化研究分野はあらゆるポピュラー文化を扱います。私のゼミの卒論テーマを見ればよく分かるので、過去3年分を列挙してみました。

邦ロック、胸キュン映画、ももクロ、女子大生のファッション、ジャニオタとファッション、おっさんずラブ、女性ゲームオタク、ディズニーヴィランズ、声優ファン、ジャニーズの楽曲、銀魂、男子大学生のファッション、大学生とインスタグラム、ジャニオタとTwitter、2.5次元ミュージカル、同性愛映画、大学生の映画鑑賞、女子大生のファッション、スーパー戦隊シリーズ、乙女ゲーム、若者と懐メロ、プリキュアシリーズ

現代文化論やメディア論の教育内容を知っている人は、「ああ、だいたいこんな感じだよね」と思うだけでしょうが、知らない人から見たら「なにこれ?ふざけてんの?」かもしれません。

新入生にもインパクトが強いようで、1年生向けの授業で先輩の卒論の話をすると、レスポンスシート(授業後に提出する感想文)に「大学でジャニーズの研究ができるなんて驚いた」みたいなことがよく書かれます。

気持ちは分かります。高校までの学びと違いすぎて面食らうと思う。でも、ぜんぜんビックリすることじゃないんです。

驚く学生に対して私は次のように答えます。

人文学というのは、「よりよき生」を追究するための学問です。人はいかにしてよく生きるべきか。どうすれば幸せに生きることができるのか。そもそも、人間が生きるとはどういうことなのか。そんな究極の問いにすべての人文学は方向づけられています。哲学も文学も歴史学も、みんな究極の問いはそこにあります。

よりよき生を追究する第一歩は、自分にとって、もっとも身近でもっとも切実な問題に目を向けることです。すべての問いは「いま、ここ」から始まります。現代の若者にとってそれは、スマホだったり、アニメやマンガだったり、音楽やアイドルだったり、ファッションだったりします。

だから、それらを研究することは正当な人文学だと私は思うのです。それらのテーマが自分のよりよき生に深く関与するのなら、それらを研究することは人文学に他なりません。

しかし、こういう「くだらない」テーマを研究することに批判もあります。批判というか、「白い目」や「いやみ」と言ってもいい。テレビCMという「くだらない」対象を研究する自分も、いまさら具体的に書きたくはありませんが、伝統的な学問分野の人たちに囲まれていろいろと肩身の狭い思いをしてきました。学生たちからも、就活のとき説明に苦労したとか、うすら笑いされたなどの話を聞きます。

こうした研究は、テーマ自体がくだらないことに加えて、先行研究が少なく方法が確立しておらず、議論が不安定になりがちです。学問的にはそこがいちばんの問題です。しかしそれを乗り越えてでも、学生にはもっとも身近でもっとも切実な問題を研究してほしいと願っています。

自分にとって、もっとも切実な問題が地域活性化の人もいれば、アジアの貧困の人もいれば、不登校問題の人もいれば、ジャニーズの人もいます。そして「ジャニーズの人」のボリュームはそれなりに大きい。だから、彼らがよりよき生を追究する学びの場が大学にあるのは自然なことだし、意味のあることです。

彼らのために私は、正しいアンケートの取り方を教えたり、戦後日本の音楽の歴史やテレビの歴史を解説したり、SNS研究の最新動向を紹介したりしています。すべては、「くだらない」ことが自分にとっていちばん切実だという人たちが、よりよき生を追究できる環境をきちんと作るためです。そこに王道の人文学はあるし、高等教育のスタンダードな姿があると私は確信します。

研究のやり方は私がちゃんと指導するから、君らはとにかくいちばん切実なテーマを選びなさい。ただし、いちど取り組んだら本気で問いを追いかけ続けること。嫌いなことから逃げてもいいけど、好きなことからは逃げちゃだめ。

指導上のいちばんの力点は、いつもここです。