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46. 舟越桂 森へ行く日 THE DAY I GO TO THE FOREST 求龍堂

舟越桂さんが亡くなって色々と思い出していた。舟越さんの名前を知ったのは、ふとしたきっかけで手にした「作家からの贈りもの」という展示の、図録というよりそれ自体が作品のような小さな冊子群で、そこでは舟越さんをはじめ、香月泰男や猪熊弦一郎、若林奮の名前も知った。
その後「おもちゃのいいわけ」の存在も知って手に入れたが、2020年の松濤美術館での展示では、それらの子供のための作品も展示されていて感激しながら観ていた。この展示では、それまでに2012年の愛知県のメナード美術館での展示を観ていて、また1996年の西村画廊のパンフレットを持っていたが、過去から最新作までの作品を時系列で観たことによって、はっきりと初期の作品が好きだと認識し、1992年刊の初の作品集「森へ行く日 THE DAY I GO TO THE FOREST」を手に入れたのだった。
舟越桂作品は作品と同じくらい作品名に特徴があり、後で手に入れた西村画廊での初の個展パンフレットでも、甘い抒情的な響きのタイトルと評されているが、「森へ行く日」をはじめ、大江健三郎を読み進めている現在の目で見ると、多くの作品名に共通点を感じる。特に当時、作風に変化のあった「言葉と森の間に立って」と「言葉の降る森」はそのまま森と谷間の物語を感じさせる。

昨年の10月に「親密な手紙」で初めて大江健三郎に触れて、それからエッセイと講演集を中心に読み繋ぎ、「新しい人よ眼ざめよ」で初めて小説作品を読んだ。それに感銘を受けて、一つ前の作品になる「「雨の木」を聴く女たち」を読み、どちらもの後日談としての短編がある「いかに木を殺すか」を読んだ。
そういった順番も、全く初めて触れるなかで試行錯誤しており、図書館で大江健三郎全小説をいくつか借りてそれぞれの作品の触りを読んだり、尾崎真理子さんの解説を読んだりして、理解を深めた上でだったが、約半年を経てようやく全貌と、合わせて自分の好みがわかってきたような気がする。

複雑に絡み合う大江作品は、大まかに次のような流れになると考えていて、デビューからの青年期を描く作品、「個人的な体験」からの家族の物語、「万延元年のフットボール」から続く森と谷間の物語、そしてその二つが重なり合うなかでギー兄さんへ主題が移りつつ、「取り替え子」からは長江古義人を分身とした作品となる。
ただ、それらの流れがわかりにくく感じるのは、一般的に手に取れる大江作品は新潮文庫、講談社文庫、講談社文芸文庫、岩波文庫と分かれて出ており、また今は絶版になっている作品も多くあるからだろう。
そういった絶版になっているなかでも、森と谷間をめぐる作品として「いかに木を殺すか」はとても重要な一冊と感じていて、「M/Tと森のフシギの物語」の理解を深めるためにも、この一冊を手に取れるようにするべきだと思う。
例えば「メヒコの大抜け穴」では「「雨の木」の首吊り男」のカルロス・ネルヴォが森と谷間と繋がり、また世界舞台や神隠しについてより詳細に描かれ、「「罪のゆるし」のあお草」ではM/T〜の第五章「森のフシギ」の音楽と直接重なり、

-元気を出して、しっかりと死んでください!
-木工をしておばあちゃんと暮そうと思います!

という印象的な台詞はここで発せられている。

そうやって「M/Tと森のフシギの物語」まで読み進めると、子供たちの三人組に親しみを感じたため、「懐かしい年への手紙」を先の楽しみに取っておき、「静かな生活」と「二百年の子供」を先行して手に取った。
「二百年の子供」には舟越桂さんの挿絵が入っており、ちょうど読み終えた頃に訃報を知ったため、感慨深いものがあったのだった。

大江健三郎さんも舟越桂さんも亡くなった今、舟越さんがつける作品のタイトルに大江作品からの影響があったのかを、確かめる術はもうない。それでも両者の作家からの贈りものを、私/私らは今もこれからも受け取っていて、こうやって想いを馳せることができる。

メキシコへの機上で、僕は陽に輝く雲と、はるか下方の、やはり雲のように輝く凪いだ海とを眺め、この空中から海上、地上のありとある場所に、原子となった先生の肉体が遍在すると考えて、大きい解放感を味わった
(「雨の木」の首吊り男)

#本 #古本 #舟越桂 #大江健三郎

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