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セッション定番曲その60:My Foolish Heart(愚かなり我が心)

ジャズセッションでの定番曲。人気曲でもあります。ジャズ的な解釈もポップス的な解釈も出来ますね。珍しく、女性が歌っても男性が歌っても違和感が無い曲です。どんな内容の曲なのでしょうか。
(歌詞は最下段に掲載)

和訳したものはあちこちのWebサイトに掲載されているので、ここではポイントだけ説明します。


ポイント1:Bill Evans Trio

この曲のインストでの人気バージョンはなんといっても「Waltz for Debby」アルバムの冒頭に入っているもの。私もジャズファンではない友達への誕生日プレゼントとしてこのアルバムをしょっちゅう贈っていました。みんな喜んで聴いてくれていたようです。BGMとしても最適。

ライブ盤なので、雑音がザワザワ入っている中での、静かでしっとりとした演奏。ピアノトリオという最小限の編成の中で、ピアノとベースが有機的に絡み合うのは高度ですが、それを感じさせないロマンティックな演奏。沁みる演奏とはまさにコレ。

100回聴きましょう。
それが終わったら、もう100回聴きましょう。


で、この演奏のイメージが非常に強い訳ですが、それぞれが自分なりにどうアレンジするのか・・・。

ポイント2:愚かなり我が心

J.D.サリンジャーの短編小説の映画化、その主題歌がこの曲で、1949年アカデミー主題歌賞を受賞しています。サリンジャー自身はこの映画の出来に不満があって、それ以降「自分の小説の映画化はお断り」になったらしいです。村上春樹さんも似たような感じでしたね。文字情報から読者がそれぞれ想像を働かせて世界観を作ることが出来るのに、それを具体的に映像で表現してしまうことの難しさは今でも同様ですね。映像で観てみたかった作品もあり、とても残念ですが、逆に言えば傷が浅いうちに済んで良かったという考え方も出来ます。この映画のヒットにこの曲はかなり貢献していたようです。

サリンジャーはかつて日本でも中二病の若者に人気がある作家でしたが、今でも読まれているんでしょうか?

ポイント3:歌詞の内容

自分自身の「愚かな心」に話しかけています。
どうも「恋愛体質」の人みたいですね。すぐに恋に落ちてしまい、傷ついてしまうけれど、すぐにそれを忘れてしまい、また次の恋に・・・

歌の解釈としては
A:「今度こそ本物の恋かもしれない」というウキウキした感じ
B:「また失恋してしまうかもしれない」という戸惑う感じ
C:第三者的に「ああ、また安易に恋に落ちて・・・」という皮肉な感じ

どれもアリで、それによって歌い方も変わりますね。

ポップス歌手がアップテンポで歌っている場合、Aに近い感じがします。
ジャズバラードとしてしっとり歌う場合には、Bに近いのかもしれません。
こういう風に様々な解釈~ニュアンスを歌い方や演奏で表現出来る「曖昧さ」がこの曲の人気の秘密なのだと思います。貴方ならどう考えますか?

The night is like a lovely tune
冒頭のこの箇所が素敵ですね。恋をしていると、夜がまるで愛しい音楽のように思えて、自分を包み込んでくれる。「is like…」は何かを何かに例える際の常套句ですが、その前後が違和感あればあるほど詩的な表現になります。この歌の入りで聴く人の心をぐっと掴んでしまいましょう。

Beware my foolish heart
ここでいきなり、「おバカな私の心(気持ち)、ちょっと気をつけなさい!」という自分自身に語り掛けています。聴く人は「ああ、そういう歌なのか、自問自答しているのね」と。

「beware」は「be+ware」で「bɪwéɚ」という発音になります。

How white the ever constant moonn
「月はいつもで白く輝いている(けど、カッカと燃えたりしないでしょ、冷静でしょ)」
この「月」の解釈は色々とありそうですね。

Take care, my foolish heart
「ホントに気を付けなよ、おバカな私の心(気持ち)」
もうbewareよりも一段警戒レベルが上がっている・・・と

There's a line between love and fascination
「There's a line between A and B」というのは「AとBには明確な違いがある」という意味です。英語ではやたらと「線」を引きたがりますね。白黒つけたい人達なんでしょうね。

「love」はここでは「本物の恋、愛に発展するもの」
「fascination」はそれと比較して「一時的にポーッとなってしまう、誘惑に抗えない感じ」ですかね。だから、それはちゃんと区別をして、心を決めなきゃダメだよ、と。

For they both give the very same sensation
When you're lost in the magic of a kiss
「キスは魔法のツールだから、同じように高揚を与えられてしまって、恋と誘惑の区別がつかなくなってしまう」→「また、ついフラフラと付いて行ってしまう」

やっぱり恋愛体質の人なので、理性で動くよりも感情で動いてしまうんですね。一生懸命に自分自身に「冷静になって見極めなさい」と言い聞かせているけど、聞くのも自分自身だから。

For this time it isn't fascination
Or a dream that will fade and fall apart
It's love, this time it's love
My foolish heart
ここまで冷静に自分自身に言い聞かせてきた「私」が、最後にはまた恋愛体質を発揮して舞い上がってしまいます。「今度こそはただの一次的な感情や憧れじゃなくて、本当の恋に違いない!」と「愚かな(はずの)心」に囁きかけてしまっています。

いや、だから毎回ひどい目に遭うんだって!
いい加減に反省しなさいよ!

と思うのは他人の勝手。

この歌の主人公はまた恋愛に一直線です。
最初は葛藤だったのに、最後には確信に変わってしまっています。治すクスリは無いですね。失恋に一番効くクスリは次の恋愛、と昔から言われていますから。そういう心の揺れ動きを聴かせる/聴かされる歌という訳です。

ポイント4:発音のポイント

The night is like a lovely tune
「tune」は「tʃuːn」と発音する人と「tuːn」と発音する人がいます。前者は英国式、後者は米国式と言われていますが、どっちみち人による感じです。

Fascination
この歌の中での重要単語。発音は「Fæ`sənéiʃən」で、「sci」は「シ」ではないので要注意、カタカナだと「ファシネーション」というイメージが強いだけに。後半の「nation」にアクセントがあります。

That's hard to see on an evening such as this
「That's hard」は「t's」音と「h」音の繋がりが意外と難しいです。
「an evening such as this」は「ing」と「s」音の繋がりが意外と難しいです。「an evening, such as this」という意識でもよいかもしれません。
この1文はすらすらと発音出来るように練習しましょう。

But should our eager lips combine
「eager lips」という言葉の組合わせ自体が意外なので、戸惑ってしまいますね。「ea」は唇の両端を思い切って広げて出しましょう。最初はやり過ぎぐらいがちょうどいい筈です。

It's love, this time it's love
自分自身に言い聞かせている言葉なので、思い入れを持って歌いましょう。
「love」は実は発音が難しい言葉。「L」音も「v」音もちゃんと出したいし、「o」は「ア」じゃなくて、少し籠ったような音です。
ここが「rub」に聴こえてしまうと、「この人は何を一生懸命に擦っているんだろう?」と思われてしまいます。

ポイント5:Victor Young

この曲の作曲者のVictor Young先生は1930-50年代にかけて美メロディの名曲をいくつも書いています。基本的にジャズの人ではなく映画音楽や軽音楽の人です。

その中から「Stella by Starlight」「My Romance」「Love Letters」「Beautiful Love」「Golden Earrings」などジャズスタンダード化している曲も多数(共作含む)、お世話になっております。どれも情景が浮かぶようなメロディで、異国情緒のあるものも。様々なシーンに合わせて曲を書く職人芸ですね。ジャズミュージシャン達が取りあげて「ジャズ化」していったのも納得出来ます。

Songs written by Victor Young

映画音楽で有名なのは「エデンの東」「遥かなる山の呼び声」「誰がために鐘はなる」「シェーン」「八十日間世界一周」など、和田誠さんが好きそうな作品が並んでいますね。

ポイント6:様々な演奏や歌唱を聴いてみましょう

最初はちょっと異色なFrank Sinatraの軽快なスイング・バージョン。
これだと上記の「A:ウキウキした感じ」に聴こえますね。今度こそ本物の恋を見つけた、と舞い上がっている感じ。


情けない歌を歌わせると天下一品のChet Baker。
これは完全に「B:戸惑い、オドオド」ですね。そしてこの恋は多分うまくいかないだろうなぁ。自信が無いのなら身を引けばいいのに・・・。


最初にヒットしたのはBilly Eckstineのバージョンのようです。
大昔の流行歌歌手らしい朗々とした歌唱。あまり歌詞への思い入れは聞こえませんね。その分リスナーは「どっちなんだろう?」と想像を働かせる余地があったのかな?
My Foolish Heart

一時期スタンダード曲を熱心に歌っていたRod Stewart。
恋愛上手だった彼のイメージを前提して聴くと、遊び半分の恋愛も含めて「A:ウキウキした感じ」を毎回味わっていたんだろうなと思えますね。


女性がバラードで歌っているのを聴くと、やはり「B:戸惑い、不安感」を感じますね。Carmen McRaeは言葉を区切ってハッキリと歌うので、歌が完全に「自分自身を説得する」方向に向かっているのが感じられます。彼女はおそらくこの恋からは身を引くことになるのでしょう。


同じ女性でもこういう感じで年齢を重ねた感じの歌い方だと、ある程度客観視して自分自身に語り掛けていますね。Carol SloaneがKenny Barronなどをバックに歌ったもの。こういう歌い方が出来ればジャズとして最高ですね。深い表現。


特異な歌い方で人気のあったJimmy Scott、高音で少女のような声なのに枯れた歌唱。「C:第三者的に、皮肉な感じ」に聴こえます。そうでないとしたら切なすぎる。

ポップス的な歌唱、Timi Yuroの1964年録音。
よく通る声で歌いあげていますが、その中に「B:戸惑い、不安感」を感じるのが面白いですね。印象としてはイタリア歌謡。
My Foolish Heart

Carly Simonが歌う少しテンポを早めたバージョン。個人的には大好きなアレンジです。「A」と「Bのどちらなのか、と聴いていて迷ってしまう、比較的アッサリした感じ。バラードだと完全に「」に寄ってしまうので、あえてテンポを上げたのだと思います。歌そのものを客観視している雰囲気も。
CARLY SIMON My Foolish Heart

ボサノバにアレンジしてしまうと、能天気過ぎて、どういう感情を表現しようとしているのか迷ってしまいますね。やはり「A:ウキウキした感じ」ですかね。痛い目に遭ってもしらないけど。
My Foolish Heart by Joyce Partise

ここで歌われているように実は「ヴァース(Verse)]」がこの曲にはあります。ただ前説として曲のイメージを膨らませるものというよりも「ネタバレ」的な内容なので、あまり歌われないのでしょうね。「The night is like a lovely tune」から始まる方がロマンティック。
ここでの深い声でのゆったりとした歌唱は「A」と「B」の間を揺れ動くような奥深さを感じさせて、素敵ですね。
Emílio Santiago - My Foolish Heart

Jimmy Cobb, Roy Hargrove Quartet、丁寧にテーマを歌い上げた演奏。終始、情緒的な雰囲気を保っているのがオトナですね。
Jimmy Cobb, Roy Hargrove Quartet - My Foolish Heart

比較的最近の演奏。テナーサックスの深い音色が合いますね。意図的に「歌い上げ過ぎない」ようにしている節も。歌詞をちゃんと知って理解している演奏のお手本ですね。
Chad LB Quartet - My Foolish Heart

という感じで歌い手や演奏者の性別や年齢層、声量、声の若さ、などによって歌詞のイメージが全然変わってしまうのがこの曲の素晴らしいところです。同じ歌手がずっと歌い続けていくうちに解釈や表現が変わっていくこともあり得る訳で。

■歌詞

The night is like a lovely tune
Beware my foolish heart
How white the ever constant moon
Beware my foolish heart

There's a line between love and fascination
That's hard to see on an evening such as this
For they both give the very same sensation
When you're lost in the magic of a kiss

Your lips are much too close to mine
Beware my foolish heart
But should our eager lips combine
Then let the fire start

For this time it isn't fascination
Or a dream that will fade and fall apart
It's love, this time it's love
My foolish heart



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