見出し画像

セッション定番曲その72:Misty by Erroll Garner

ジャズセッションでの定番曲。美しいメロディと歌詞。特に女性シンガーに人気がありますね。
(歌詞は最下段に掲載)

和訳したものはあちこちのWebサイトに掲載されているので、ここではポイントだけ説明します。


ポイント1:Look at me

いきなり「私を見て!」という呼び掛けで始まる歌。
強引ですが、そこまでして伝えたい強い思いがあるのでしょう。

I'm as helpless as a kitten up a tree
木の上に(追われて)登ってしまった子猫みたいに、途方に暮れている私

なるほど。「私」を見つけて、助けに来て欲しいんでしょうね。
猫は高い所から飛び降りても大丈夫なんですが、子猫だからまだ飛び方がわからないのかな。

「helpless」は「help+less」で、自分ではどうにも出来ない状況にあることを示します。「helpless」短い単語ですが「L」音が2回出てくるのでしっかりと発音しましょう。

ポイント2:I get misty

And I feel like I'm clingin' to a cloud
I can't understand
I get misty, just holding your hand

雲のようなフワフワしたものにしがみついているような気分
自分でもよく分からないけど、
貴方の手を握ると「misty」になってしまう

日本語の「雲をつかむような」は「(話とかが)漠然としていて掴みどころがない」場合の慣用句ですが、ここではそれとは違い、心の動きを表現しているのだと思われます。
「cling」は「しっかり掴る」「しがみつく」という意味なので、かなり必死で掴もうとしている、けれど「雲」という実体の無いものなので、うまく掴めない。

で、雲ではなくて「貴方の手」を掴むと「「misty」になってしまう、と。
「misty」は「mist=霧、霧状のもの」に包まれた状態のこと。転じて「目の前が(涙で)霞んでしまった」状態にも使われます。

タイトルにもなっている「misty」はこの曲の最重要語です。
歌う時も、この「霧に包まれた状態/そういう気持ち」を思い浮かべてみましょう。

ポイント3:エロル・ガーナー、ビハインド・ザ・ビート

この曲の作曲者エロル・ガーナーを表わすキーワードは「左利き」と「楽譜が読めない」です。
昔のミュージシャンで、音感が天才的に優れていて、楽譜に依存しない(というか出来ない)で演奏活動や作曲を行っていた人は結構いますね。Wes Montgomeryなんかもそうだったと言われています。こういうのってあまりにも強調されて伝わっていて誤解もあると思いますが、複雑な譜面を初見でバリバリ演奏するのが苦手という意味で、まったく読めなかったということではないと思います。自分の作った曲もなんから独自の方法で記録していたのだと思われます。

この「Misty」も彼が飛行機に乗っている最中に窓の外の景色を見て浮かんだメロディが基になっていて、メモを取れなかったので、ずっと口ずさんでいて、到着した先のホテルで急いでピアノを弾いて、借りたテープレコーダー
に録音した、という逸話が有名ですね。ピアノがあれば指が曲を覚えている、という感じでしょうか。棋士達も頭の中の想像の将棋盤で将棋を指せるので、想像のピアノを弾きながら曲を作ったんでしょうね。

「左利き」の方は奏法の特徴に繋がっていて、左手の「リズム」と右手の「メロディ」のバランスが他のピアニストとは違っていて、ビートが強調されていて、タイミング的にもメロディが少し遅れて出てくるような奏法。ある時期からは意図的に「個性」としてそうやっていたと思われます。通称「ビハインド・ザ・ビート」。この「個性」については好みの分かれるところです。通常のジャズでも「レイドバック」はジャズらしさを出す為のリズムの取り方として指導されていますが、やり過ぎにならないように留めておく加減が難しいですね。

この録音が「個性」が聴き取りやすい例
Erroll Garner
Will You Still Be Mine?

唸り声がすごく聴こえますね
Erroll Garner
Satin Doll

ポイント4:a thousand violins begin to play

Walk my way
And a thousand violins begin to play
Or it might be the sound of your hello
That music I hear

この「私の道」を歩くのが「私」なのか「貴方」なのか、ここではよく分かりません。冒頭の「Look at me」と同じ命令形だとすると「貴方も私と同じ道を歩いてみて」になるし「I walk my way」を省略したものだとすると「私が自分の行く方向に進むと」になります。

すると「数えきれないほどのバイオリンが一斉に音を出し始めて、美しいメロディを奏でる」・・・夢の中にずっといる心持ちなんでしょうね。

その音楽は「貴方が私を呼ぶ声」なのかもしれない、と。
もしかすると「私」がまだ木の上にいれ降りられないままなのかも。
hello」は単なる挨拶の場合もありますが、意図的に少し離れた相手、こっちを向いていない相手の注意を惹く為に呼び掛ける言葉でもあります。

ポイント5:Can't you see that you're leading me on?

Can't you see that you're leading me on?
And it's just what I want you to do
Don't you notice how hopelessly I'm lost
That's why I'm following you

このブリッジ部分はメロディがそれまでとはガラッと変わります。歌詞がちょっと字余りというか、うまくメロディにのせるのが難しい箇所です。繰り返し練習しましょう。

「Can't you see?」は「見えないですか?」ではなくて「分からないの?/分かるでしょ!」という意味。
「you're leading me on」は「導く/案内する」ですが、裏では「だます/だまして仕向ける」というニュアンスがあります。つまり「本当はそうではないのに信じ込ませる」感じです。

「And it's just what I want you to do」
でも、どうやら「騙されて誘惑される」ことを主人公は願っているみたいですね。自分では決断が出来ないから、どうぞ私をさらってください、と。

自分ではどうしたらいいのか分からないから、貴方の後を付いていくだけです・・・と。

ポイント6:Wonderland

On my own
Would I wander through this wonderland alone

フワフワした気持ちのまま、自分で行き先を決めても、「Wonderland」を独りで彷徨うことになるだけ

「On my own, Would I wander through this wonderland alone」と「w」音が沢山出てきます。唇の先を尖らせてから強く発音しましょう。最初はやり過ぎぐらいでちょうどいいです。

「wander」は「wɑ'ndər」、「wonder」は「wʌ'ndər」と発音が異なりますので、要注意です。前者の方が「口の中が広くて明るい感じがするア」です。

ポイント7:右足と左足を間違えちゃう

Never knowing my right foot from my left
My hat from my glove

「misty」な状態なので、
右足と左足の区別が付かなくなったり、帽子と手袋を取り違えたりしちゃう。私ってドジっ子・・・

I'm too misty, and too much in love
「misty」な状態になっている原因が恋に夢中になってしまっているからだと分かります。ここでは「目が霞んでしまっている」よりも「全身が霧に包まれたような気持ち」の方が合っているかもしれません。

ポイント7:ジャズと著作権問題

ジャズスタンダード曲の多くが既に「パブリックドメイン」となっていて、譜面なども自由に流通していますが、まだそうなっていない世代の新しい曲もあり、その場合には権利所有者と交渉して版権処理を行う必要があります。この「Misty」もいわゆる「黒本(2)」の初版時(2013年)にはそれが間に合わず、人気曲にもかかわらず掲載出来ていませんでした。その後、決着が付いたようで「改訂版」以降は掲載されています。早めに初版を入手されて使われている演奏者も多くて、セッションイベントでリクエストされて探してみると「あれ、載っていない」というケースも見受けられますね。
ジャズ・スタンダード・バイブル2 改訂版

パブリックドメイン - Wikipedia

ポイント9:Laufey

話題の新世代シンガーLaufeyもこの曲を歌っています。
アイスランドと中国をバックグラウンドに持ち、LAをベースに活動。2000年代のはじめにNorah Jonesが出現した時のような「ジャズっぽいんだけどジャンルレス」「脱力した中の緊張感」「少女っぽいけど、セルフプロデュースがちゃんと出来ている」を感じるアーティスト。

クラシックの素養もあり、ジャズもボサノバも現代ポップスも飲み込んで、自分の音と声にして表現している感じ。パンデミック期間中にTikTokなどのSNSを上手く活用して世界中の若いリスナーにリーチしたのが今っぽいですね。

かつてエラがディジー・ガレスピーから「楽器のアドリブソロをなぞって歌う(スキャットする)」ことを叩き込まれて実践していたのを、Laufeyはサンプリング感覚で自分のものにして、自分自身の個性として表現しています。ジャズボーカルの退屈さとスキャットの「自己満足/内輪受け」を見事に飛び越えて、ちゃんとポップな音楽として提示してくれているのが見事です。
Is Laufey jazz?

ポイント10:様々なバージョンを聴いてみよう

少し音は悪いですが、この演奏がエロル・ガーナーの特徴がとても出ているものだと思います。強烈な左手のタッチ、少し過剰な右手の装飾音。ほとんど手元を見ず、鍵盤と一体化しているのが分かります。


Ella Fitzgerald、1960年録音
自由にメロディを崩して、表情たっぷりに歌っています。


Sarah Vaughan、1964年のライブ録音
歌詞を深く理解して表現しようと歌っている様子が分かります。

1964年頃というとそろそろジャズ人気が落ち始めている時代ですが、北欧ではまだまだ熱心なジャズ(ボーカ)ファンが沢山いたんでしょうね。この時代以降の女性ジャズボーカリスト達の髪型やファッションをちゃんとプロデュースしてくれるスタイリストが存在していれば、時代遅れ感は軽減出来ていたんじゃないかと個人的に思っています(余談)。

Stringspace Jazz Band featuring Jade
現代的な歌唱。
歌詞の節回しや高音部の余裕などに現代のR&Bを経由した感じがします。

Samara Joy、2022年録音
現代の「本格的ジャズシンガー」、節回しなど古典的な歌い方ですがスケールの大きさを感じます。


Julie London、1960年録音
エロ姉さんの「Look at me」に抗える男性は少ないかもしれませんね。


Dianne Reeves、2001年録音
歌ウマさんが歌うとこんな感じ。歌詞の「相手」に対して歌いかけている部分の表現力は流石です。


Nat King Cole
この甘い声で「Look at me」と呼び掛けられたいですね。

Johnny Mathis、1959年録音
Johnny Mathis - Misty

Beegie Adair、2009年録音
ピアノトリオによる端正な演奏
Misty

Michel Petrucciani & Stéphane Grappelli
Misty - Michel Petrucciani & Stéphane Grappelli

Bud Shank、1962年録音
ラテンアレンジで演奏されています。歌詞のイメージとは違いますが、メロディの良さが活かされているかと。
Misty

Clark Terry、1962年録音
Misty

■歌詞

Look at me,
I'm as helpless as a kitten up a tree
And I feel like I'm clingin' to a cloud
I can't understand
I get misty, just holding your hand

Walk my way
And a thousand violins begin to play
Or it might be the sound of your hello
That music I hear
I get misty, the moment you're near

Can't you see that you're leading me on?
And it's just what I want you to do
Don't you notice how hopelessly I'm lost
That's why I'm following you

On my own
Would I wander through this wonderland alone
Never knowing my right foot from my left
My hat from my glove
I'm too misty, and too much in love



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?