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第二言語教育の「常識」 ─ 基礎日本語教育を考える(5)

 前回は音声指導をめぐる話をしました。そして、最後のパラグラフで書いたように、こんなふうに音声指導をしましょうという提案ではなく、むしろ日本語学習初期に日本語の音声の特徴を認識させ日本語の発音のコツを指導しておけば、本来的に重要である言葉遣いを軸とした言語技量の形成に注力し集中することができるという話でした。重要なのは、日本語の上達に結びつく言語技量の形成のための活動をたっぷりと行うことです。
 今回は、書記日本語の指導について話をします。次の2テーマです。

3-3 書記日本語の指導をめぐって① ─ 書記日本語の困難点
3-4 書記日本語の指導をめぐって② ─ 書記日本語の上達を企画する

3-3 書記日本語の指導をめぐって① ─ 書記日本語の困難点
 はじめに、基礎日本語コース(一般に言われる初級日本語コース)における書記日本語に関する目標設定と、学習初期の文字指導及びそれ以降の文字指導について考えたいと思います。
 まずは、基礎段階の教育の内容あるいは目標設定についてです。
 基礎段階でぜひとも外したくない内容あるいは目標は何でしょうか。それは、口頭日本語の基礎的な技量をしっかりと身につけさせることでしょう。では、ここで質問です。口頭日本語の基礎的な技量はぜひとも身につけさせたいとして、それなら、少なくとも基礎段階の前半は、ひらがな、カタカナ、漢字などの日本語特有の文字は勉強することを要求しないで、ローマ字を「メモのための文字」として必要に応じて使って口頭日本語の習得と習得支援に集中するというアイデアはどうでしょう。そのアイデアの内容は、(1)教科書では日本語特有の文字は使用せずローマ字(基本的にヘボン式)を使用する、(2)板書もローマ字を基本とする、(3)作文などでもローマ字で書いてよしとする、(4)「メモ」なのでヘボン式などの正式な書き方ができる必要はなく「話すように書く」でよい、(5)ひらがな等を勉強したいや使いたいなどの希望があればそれは妨げない。また、ひらがなを「目に触れさせておく」のも口頭日本語の学習と習得の妨げにならない範囲でOK。カリキュラムとしては文字は要求しないということ、(6)カリキュラムでは基礎後半に入ってから文字の学習と習熟をスタートする、ということです。「ええっ、日本語学習の最初に50音を練習して、それに続いてひらがなの学習を始めるのが当たり前でしょ!」と言ってこのアイデアを一蹴する前に、このアイデアのメリットを想像してみてください。(また、「当たり前!」というのは、何かを主張をするときの正統な理由や根拠にはなりません。)

 (a) 文字学習の負担や日本語特有の文字でのテクストを「読まされる」負担なく、口頭日本語の学習と習得を「伸び伸びと」進めることができ、結果として従来よりは短期間の内に基礎前半で習得が期待される口頭日本語力に達することができる。
 (b​) (a)のようにかなり日本語を身につけた後で文字の学習を始めるので、文字学習の際にたくさんの既習の語彙や表現を使うことができる。そして、その作業は口頭日本語力の再強化となる。

 こんなことを考えると、従来のコースのように「50音を勉強したら、さあ、ひらがな !」というのは単に大部分のコースでそのようにしているというだけで、教育の効果や学習の合理性を考えての判断だとは思えません。
 次は、学習初期の文字指導とそれ以降の文字指導についてです。
 一般の日本語教育では、学習初期のおそらく第1週目に50音対応のひらがなだけでなく、拗音や長音の表記法なども教えます。そして、第2週以降は、「ひらがなはすでに習得した」と見なして、ひらがなの読み書きがまだできない学習者を責めます。これって、正当でしょうか。正当ではないし、妥当でもないし、合理的でもないと思います。ひらがなの読み書きは、日本語の語や表現方法を身につけることと並行して補強と強化をしてあげないと十分に身につくわけがありません。ここに、日本語の先生の「自分勝手な既習・未習」の見方が入っていると思います。文字にせよ、文型・文法事項にせよ、語彙にせよ、一度集中的に教えたら身につくというものではありません。むしろ、一度の集中学習は「7割程度の習得」というふうに見るのが妥当で、残りの3割はその後の学習と指導の中で引き続き補強と強化をしなければなりません。
 本項の主張は、口頭言語と書記言語の両方を含めた日本語上達の道筋をきちんと合理的に企画しなければならないということと、「自分勝手な既習・未習」はやめて、じわじわ習得・習熟できるように後々も手当てもしてあげましょうということです。

3-4 書記日本語の指導をめぐって② ─ 書記日本語の上達を企画する
 この項は、短く書きたいと思います。
 まず最初の提案は「基礎段階では口頭日本語の習得を中心において指導をしましょう、書記日本語の指導はそれをサポートしそれを強化する形でしましょう、決して口頭日本語の学習と習得を阻害するような文字や書記日本語の指導はやめましょう」です。わたしが知る限りでいうと、いろいろなコースで、及びいろいろな先生が、最後の「してはいけないこと」をしているし、「しましょう」をしていないと思います。
 もう一つの提案は「口頭日本語の能力をしっかりと身につけた上で、そのように言えるようになったことを書記日本語でも書いて表現するという形で、後追い&補強を基本的な原理として書記日本語の指導をしましょう」です。
 こうした「原則」を守ると、口頭日本語の指導が充実し一層有効になるでしょうし、書記日本語の指導も圧倒的にやりやすくなり、有効になります。

 今回は、以上です。次回は、「4.基礎日本語教育を企画する ─ インストラクショナル・デザインの前に」となります。
(にしぐち こういち 大阪大学 koichi@ciee.osaka-u.ac.jp)


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