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君の全てを、知った気でいた。

君の世界へ行きたいと思った。
君のようになりたいと思った。
君の全てを、知った気でいた。



「でね、この子が美月ちゃん!仲良くしてあげてね」
僕たちの中に一瞬の沈黙が流れ、空調と換気扇の音、時々コーヒーカップとソーサーがぶつかり合う音が聞こえてくる。穏やかな時間が流れる店内。僕の目の前には、地元の女友達と、美月と名乗る女性がいる。
”二人に仲良くなってほしくて!”
と、どうしてもこの美月という女性を、僕に会わせたかったらしい。

恥ずかしそうに頬を赤らめて笑う美月という女性は、人を惹き付ける可愛らしさを持っていた。誰かの役に立つこと、誰かのために行動することが好きだと語る美月の顔は、生き生きしていて、純粋そのものだ。私利私欲のために生きてきた今までの僕とは全然違っていて、すごく魅力的だと思った。君のことが知りたい、今君がいる、僕の知らない世界に一緒に連れて行ってくれ。思わず喉まで出かかった言葉を慌てて飲み込む。

「次は二人で会おうね!」
邪心のかけらもないような表情で美月が言った。
君のことが知りたい。君のことが頭から離れない。でもきっと君は家に帰っても僕のことなんか思い出さないだろう、そんな思いが駆け巡っていた。

何度かデートを重ねた。僕といる時の美月は、いつも最高に楽しそうに笑っている。ファミレスでの食事の時も、行きたかった映画に遅刻した時も、僕が道を間違えた時も、すごく幸せそうに笑ってくれた。湧水のように染み出た愛情が、止まってくれない。そんな笑顔を向けるのは、僕だけにしてくれないか。君の世界を見られるのは、僕だけにしてくれないか。君の世界へ一緒に行くのは、僕がいい。

たまらなく美月が好きだ。夜空に浮かぶ月が眩しいほどに、美月を明るく照らしている。美月は僕の告白にいつもの笑顔で”いいよ”と返した。

「―――くん!先にお風呂入るね?」
見慣れた僕の部屋。いつもとちょっと違うのは、美月がいるということ。

美月と恋人同士になってから、4回目の冬を迎えようとしている。4年もの月日を共に過ごせて良かった。結局、僕の知らない世界は今だに美月だけに見えている世界で。僕は美月ほど生き生きはしてないけれど、少しは人の役に立てていると思う。少なくとも意識はしている。美月の世界に少しでも近づくために。

美月のケータイが光る。特にケータイなんていつもは見ないけど、今日はなんだか気になった。美月を信頼しているけど、僕の少しの興味と好奇心が抑えられなくて。

”早く会いたい”

明らかな男性からのメッセージ。驚きと絶望感で激しい動機がする。美月が。そんなわけがない。美月は昨日も僕に甘えた表情で”好き”と言っていた。美月が僕を裏切るわけ――――

「どうしたの?」
気付けば、美月が後ろにいる。

「僕に隠し事とか、してないよね?」
驚きと絶望でパニックになっている頭を必死に回転させて、出た言葉。美月を信じている。だから僕の最後の望みをかけて聞くことにした。本当は答えなんて知りたくない。必死に笑って見せたけど、僕はどんな顔をしていたんだろうか。

「もー、何言ってんの?そんなことより、今度の記念日何するか考えよ!」
美月が純粋な瞳でそう言った。



ああ、君はその純粋な瞳の奥に何かを隠していたのか。ずっと僕には言えないことがあったんだろうか。僕にはこれ以上知る方法も無いし、出来れば知りたくもない。

美月が入れてくれたコーヒーの香りが部屋いっぱいに広がる。僕の息が詰まりそうなほどに。

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