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BB ③ ~北京犬~

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北京犬
 
 学者犬は、パソコンの画面をわたりあることで、様々な犬の家の中の様子を知ることができるようになった。
 だが、パソコンの中にいる学者犬がいくら話しかけても、公園の中ですれちがった時と違い、それに対する犬たちからの返事はなかった。
 学者犬のことを片思いしているアイ犬の前のパソコンに、最初に学者犬が現れた時、アイ犬は、公園で学者犬とすれちがったときと同じように、カーソルマスコットの学者犬をみて、ずっこけた。
 しかも、その学者犬は、公園で四足で散歩する姿とは違って、靴をはき、すくっと二本脚で立っていた。ピンクがかったおしゃれなポンチョ風の服をまとい、頭にはピンとたった片方の耳だけを隠すような、黒っぽい毛糸で、長細い帽子をかぶっている。帽子の先は優雅におれまがり、床につきそうなほどで、帽子におおわれていない方の、とがってピンとした耳(それが、学者犬のチャームポイントだ)と、非対象の美しさを感じさせた。
「わたし、ますます、あなたのことを好きになりそう」
 アイ犬は、喜びのあまりわれを忘れたようになって、パソコン画面のまわりをまわり、そのカーソルマスコットを舌でなめまわした。
 だが、幸い、学者犬はその舌を感じることはなかった。
 一方、画面の中で、学者犬がアイ犬にいくらはなしかけてもその声は聞こえないようだった。
 学者犬は、パソコンの中の世界。
 アイ犬は現実の世界。
 そのふたつは、当然ながらまじわることはない。
 やがて、アイ犬は、パソコンの中のカーソルマスコットの学者犬は「本物でない」ことを学び、学者犬をパソコンでみても、ずっこけることはなくなった。
 
 そんなある日、学者犬は、パソコンの中で、あの北京犬とでくわしたのだった。
「こんなところで会うなんて、おどろきだ」
 学者犬は尻尾をふって歓迎の意を示した。
「ぼくの方こそおどろきだが。そういえば、ナオトは、ひとつのカーソルマスコットだけでなく、ふたつのカーソルマスコットを同時にパソコン上で動かすことができる技術を開発したと言っていたから、ぼくらは出会うべくして出会ったともいえる」
 そう、北京犬は答えた。
「ナオト?」
「ああ、このカーソルマスコットのソフトの開発者さ」
「あれ?カーソルって、画面上にひとつだけしかないんじゃあないの?」
「普通はそうさ。だから、ちがう人が、同時にそれぞれ別のマウスを動かすことができるようになるということは、新しい技術だ。それが、ナオトたちのカーソルマスコットソフトの売りになっているわけだ」
 カーソルマスコットの北京犬は、裸足で立ち、緑色の帽子をかぶり、浴衣だか軍服だかわからないような服をまとい、はだけたその服の間から、陰部がだらしなくのぞいていた。帽子や服が迷彩服風にみえるのは、ところどころ赤い色のアクセントが加えられているからだろう。
 お世辞にも愛くるしいとはいえない、むしろ不潔でむさくるしいとさえ言えるようなものを、なぜ、そのナオトはカーソルマスコットのキャラクターにしたんだろう?
 幸福犬、せめてアイ犬のような、かわいらしい犬のキャラクターにしなくては、だれも、そのソフトを買わないだろうに。
「橋の下にいる君の手下たちは、ボスがいなくなって心配してないかい?」
そう、北京犬に尋ねると、かつて飼い犬だった烙印ともい
える自慢の首輪を前足でさすりながら北京犬は言った。
「日本では、野良犬が年間17000匹、処分されているという。数がわかっている、ということは、実質、日本では野良犬はもういない。みつかれば、即、処分。実際、日本には野良犬より野良人間のほうが多いのさ」
 だから、「北京犬のところに、野良犬がよってくる」という、ちまたで流れている噂は、ウソだと、北京犬は言った。
「単なるよくある噂、という奴さ。自分でそんなこと、一言も言ったことがない。でも・・・」
「でも?」
「でも、外国、特に、途上国にいくと、野良犬のほうが野良人間よりまだ多いさ。・・・それに」
「それに?」
「それに、パソコンの中には、まだ、たくさんの野良犬がいるよ」
 
 学者犬は、北京犬に従って、別のパソコンの画面に移動した。
「あれは、ラッキー犬じゃあないか」
「実際の世界ではな。パソコンの世界では、保犬(保険)にはいっているので、危犬(危険)を棄犬(棄権)しない奴だ」
「?」
 北京犬と学者犬が移動すると、そこには、協力してお互いの短所を補いあって、お互いの長所を生かしている、双子犬がいた。
「彼らは、二人で一つだから実際の世界では名前はない。でも、パソコンの世界では、それぞれに名前がある」
 そういう北京犬に、学者犬は聞いてみた。
「彼ら、ひとりひとりの名はなんていうの?」
「こっちの奴の名は、経犬(経験)。そして、こっちは体犬(体験)だな。体験を積み重ねることで経験となり、経験をもとに体験する。両方の歯車がかみあわないとな」
 次は、嫌犬がみえるパソコン画面だった。
「この、大ほら吹きの犬は、眉犬に関わっている。ほら、眉が濃いだろう?」
 もう、だじゃれは沢山だ。
 そう、学者犬は思ったが、北京犬はとまらなかった。
「この世界には、なんと沢山の野良犬がいることか。回数犬(回数券)、金犬(金券)、そしてふたりの仲間の株犬(株券)。他にも、利犬(利権)、冒犬(冒険)、特犬(特権)、派犬(派遣)、宅犬(宅建)、予犬(予見)、試犬(試験)、会犬(会見)、発犬(発見)、そして、大気犬(大気圏)。
おまえの好きな、アイ犬は、愛知犬(愛知県)を短くした言い方だな。秋田犬みたいに。でも、注意しとくが、東京犬という犬はいない。東京都だからな」
「ストップだ」
「おれ、おかしいか?」
「ああ。もう十分だ」
「そうか。でもな、おかしいのは、おれもお前も一緒だ」
「正直、一緒にしてほしくない」
「いや、もともと、おまえもおれも、なんか犬から産まれた犬でないみたいなところがあるから」
 学者犬は一瞬黙った。
 北京犬がゆっくり言った。
「以前、もとの世界にいたとき、ぼくは、『ぼくが飼い主から離れたのは、そこが、戦争がくりかえされていて人々が貧しい街だったからだ。こんな街ならずっと住みたい、そう思ってぼくはここにいるんだ』といったこと、おぼえているかい?その時の話をこれからしよう。だじゃれなしにね」
 
 そして、北京犬は、昔、自分が一時だけ居た、「リトルアイランド」の話を学者犬にはじめた。

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