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「クマさんクッキー」

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「クマさんクッキー」

 1 新作クッキー

  夜、タイチがひとりでTVがみていると、夕食後の洗い物がおわったママが、ジュースとクッキーをもってやってきた。

「このクマさんクッキーは、平面的で出っ張ったところが少ないから、焼く時にこわれにくいの。でも、複雑さはないけど、あとから、両手とアーモンドをそえるだけで、かわいくできるわ。どう、できは?」

 タイチのママは、そう言って、タイチに新作という「クマさんクッキー」をすすめた。

「うん。おいしい」

 甘すぎず甘くなさすぎず、粉っぽくもなく堅くもなく、いいバランスの味のクッキーだ。

 ママに言わせると、味も大切だけど、「つくりやすさ」も同じように大事なのだという。

 ママは、昼間、障害者の施設で「就労支援」という仕事をしている。そこで障害者たちがそのクッキーをつくって、袋詰めして、売るのだ。

 障害の程度は様々で、なかにはクッキーのはいった袋のシール張りさえも難しい人もいる。また、給料はでない「B型」なので、気分で?仕事を休む人もいる。

 そういうときは、ママたちスタッフが、障害者のかわりにクッキーをつくる。ときには、ある会社のバザーで売るために、一度に200個もクッキーを作らねばならないこともある。そうなると、やはりママたちスタッフが、がんばることになる。

「それじゃあ、障害者の人が作ったといえないじゃあないか?」

 タイチの言葉を聞いて、ママはかつて、そこの施設長に自分自身が同じことを言ったときことのことを思い出した。まだ、そこの就労支援施設で働きだしたころのことだ。

 ある、別の施設が、おいしいシフォンケーキやチョコを販売していることをひきあいにして、ママは尋ねた。

「なぜ、この施設はこんなにおいしいのをつくれるのかしら?」

「この施設の商品は、みな支援スタッフがつくっているのよ」

 ママの勤めていた施設の施設長は自分自身も障害者だった。手足が不自由なことに加えて、言葉を上手に話すことができなかった。最初は、ママも聞きとれなかったが、慣れるにつれてスムーズにわかるようになってきた。スタッフの中には、長年いても、施設長のいうことをよく聞き取れない者も何人もいたのであるが、それは、決して、その人のせいではない。実際、わかりにくいのだ。

 その施設長の言葉を聞いてから、ママは、なるべく単純な作業でおいしいものを製造することができるよう、企画から工夫をこらすことに気をつかうようになった。

 このクマさんクッキーだって、その工夫の末にできた商品だ。

 それでも、すべての工程を、施設の障害者たちだけでおこなうのは、むずかしいのだ。しかも、障害の程度は様々だ。みな「平等」に働くことはできないのだ。でも、自分のできることを、それぞれが、できる限りやる。

 そういう意味で、このクマさんクッキーは、みんなで作ったものに違いないのだ。

 そして、もうひとつ、誰にもわからないように、ママはこのクッキーに、もう一味付け加えていた。それは、施設長にも、息子のタイチにも、まだ話していない。

 クッキーとジュースのあと、しばらく、本を読んでから、眠りにつくのがタイチの日課だった。もっと小さい頃は、ママに読み聞かせをしてもらっていた。だが、最近では、ふりがなの多い本ならひとりで読めるようになっていた。

 眠る前に、ママは、歌うようなお話するような調子で語る。

「ベイユ、クッシュ、ベイユ、クッシュ・・・」

こう長く続けたあと、最後はこうだ。

「リべイユ、リクッシュ!」

 最後の、リクッシュ!を聞くか聞かないかで、タイチは眠りにつくのだ。

 まるで、魔法の呪文のようだ。

 眠りに着く前、タイチはぼんやりそう考えていた。

 

2 ツバメ国

  ママの新作、クマさんクッキーを寝る前に食べ始めてから、ひとつ、小さな不思議なことがタイチにおきはじめていた。

 それは、夢が続く、ということだった。

 ある晩みた夢が、次の晩また見られるということは、ほとんどないといっていいだろう。

 楽しい夢はまた見たいと思う(怖い夢は、もう見たくないと思う、が)。でも、一度ぽっきりだ。なかなか思うようにはいかない。

 だが、最近、タイチの夢は、そうではなかった。次の晩、昨晩終わったところから、夢がまた始まるのだ。まるで、続きもののお話の夢のようだった。

 それは、あのクッキーのせいに違いない、とタイチはひそかに思っていた。

 そう思う根拠はあった。

 なぜなら、その「連続ドラマ」のようなタイチの夢では、タイチ自身が、あのクマさんクッキーといつも一緒に行動していたのだから。

 

 ある日の夢の中、タイチとクマさんクッキーの二人は、しばらく歩くと、なにも家具がない、がらんどうの部屋にいた。

 ふりかえりみわたすと、壁には200くらいの扉がついていた。その中のひとつの扉を向こう側からあけて、二人はここにやってきたのだ。

「ここは、ナットとよばれる部屋=駅、だ。それぞれの人は、この部屋につながる、ひとつの扉=ポートをもっている。そのむこうの自分たちの世界から今ここ、ナットにやってきた。ここから外の世界へつながっていくんだ」

 その200もの扉のいろいろなところから人が現れ、このナットの部屋にやってきた。我々も、あのように、扉をあけてやってきたのだ。

「われわれがきたのは22番の扉からだ。数字を覚えておいてね」

 しばらく歩くと、広い空間にでた。

 まるで空港さながらの、その広い空間のあちこちに、数人の人が、椅子に座ってそれぞれの「乗り物」の出発を待っていた。「乗り物」に乗り込む場所とその空間を仕切る窓はガラスばりで、人が、宇宙船のようなものに乗りこむのが見える。人が、乗り込み、出発すると、飛行機が、滑走路を走り、空を指して斜めに飛び立つのと違って、その乗り物はまたたくまに「80」とかかれたポート(80番ポート)へすいこまれて消えていった。

かと思えば、80番ポートから突然「宇宙船」が現れ、着いたかと思うと、多くの人がその乗り物からここでおりたった。

この「宇宙船」の動きといったら、まるで80番ポートでワープするかのようだ。

「まずは、ここから出発しよう」

「どこへ向かうの?」

「ツバメの国、ツバメ国だ」

「ツバメ?」

 クマさんクッキーは、そこにあったひとつの自動発券装置のようなもののところにいった。そして自分の名前と、行き先、ツバメ国、と入力すると、キップがでてきた。キップには、35.78.192.26→20.30.40.26と書かれていた。

「われわれの今いるところが、35.78.192.26だ、これからの行き先が、20.30.40.26。つまり、ツバメ国の住所が数字であらわされている。この切符を行き帰り、乗り物にのってから示すんだ。どの乗り物をつかってもいい。でも、切符をなくさないようにね。帰れなくなるから」

 タイチとクマさんクッキーは、適当なひとつの乗車口への扉をあけ、そこに待機していた乗り物にのりこんだ。中には、計器類などなにもなく、がらんとした空間。壁には、窓とリンゴの絵が飾ってあるだけだ。だが、寒々とした感じではない。

 クマさんは、切符をそこにあった、券売機のような器械のスクリーンにかざした。

「出発!」

 あっというまにその宇宙船は、目的地についた。降りるとそこは、やはり、空港のような広い空間だった。他の宇宙船からも、人々はおりてきていた。そして、各々、思い思いの出口へと歩き出していた。

「ここは、ツバメの国のナット=駅、だ。そして、乗り物は、ツバメ国のナットの、やはり80番ポートをとおって到着した」

「どこの国も、『宇宙船』の発着するところは80番ポートなんだね」

「まあ、そういうことだ。ただ、一般に使う80番ポートの他443番がある。そこを通るには『鍵』がないとはいれない。今度、そこを使うときも今後あるかもしれない」

「鍵が必要なの?」

「ああ。最初、ぼくらが、ナットに着いたとき『ぼくらは、22番ポートからやってきた」といったよね」

「うん、覚えている」

「あの、22番ポートの出入りにも、実は鍵がいるんだ。そうでないと、誰でも、ぼくらがやってきたところに22番ポートからはいれちゃうからね」

「でも、ぼくらは『鍵』を使わなかった」

「それは、そこはわれわれの住んでいる国だからね。鍵はいらないんだ」

「つまり、顔パス、っていうやつ?」

「そうだ。でも、他の国、たとえば、ここツバメ国の22番ポートにはいるのは、ぼくらも、鍵をさがさないといけない」

「なるほど。どんな国にも、22番ポートや80番ポートがある、というわけか」

「そうだ。少しややこしくなるけど、付け加えると、ぼくらの国のなかでは、22番ポートのむこうの『プライベート空間』は、10.0.2.0。ナットのある、パブリック空間は、10.0.1.0 と、ぼくらの国の内部でしか通用しない名前があるんだ」

「われわれのいるところは何という名前の国なの?」

そう尋ねたタイチに「くまさんクッキー」は答えた。

「いや、特に名前はまだないんだ。いい名前はないかな?」

「クッキーの国?クマの国?」

「ちょっと、発想が単純すぎないかい?」

「そうかな?」

ぼくらは、案内表示にそって、ツバメ国のナットの外へとむかった。

 タイチは、そこツバメ国で、いろいろなゲームをして遊んだ。

 ゲームというのは、ニンテンドーとかプレイステーションとかスマホでよくやる、あのゲームだ。多くのツバメたちと一緒に、多くの知らない人々と共に。楽しく遊んだ後、二人はツバメ国のナットにもどった。

 そこで、443番ポートへいく何人かの人を目撃した。

「あそこは、どこへいくの?」

「あそこをはいると、ツバメ国の中の、自分たちだけの場所、他の人がはいれないプライベートな場所でゆっくりできるんだ」

「いいな。いけるのは、特別な人だけ?」

「いや。あらかじめ、認証局で鍵をもらっておけばいいんだ」

「認証局は、ツバメ国のどこかにないの?」

「いや、別のところで事前にもらっておかないといけない。ここツバメ国のナットでなく、最初出発したわれわれのナットから、認証局行きの切符をもらえば、認証局にいける」

 タイチとクマさんクッキーは、ツバメ国のナットから「宇宙船」にのりこみ、切符をかざして、もとの自分たちのナット、35.78.192.26にもどった。

 疲れていたので、認証局にいくことは今回はやめにした。

 タイチは、クマさんクッキーとわかれ、200もの扉の中から22番の扉をあけて出発点にもどった。

 もし、間違った番号の扉を開けたら?

 夢の中では、そういうことはおこらなかった。

 22番の扉をあけて元に?もどりはじめるうちに、タイチは夢から覚めた。

 

 3 キツネ国

  ママにいわせると、施設では、いつも、人が足りなくて、とても忙しい。にもかかわらず、仕事を終えて家に帰ると、食事の用意に、掃除、洗濯、アイロンがけと、ママは常に動いている。疲れるのも当然だ、とタイチは思っていた。だが、

「ママも休んだらどうなら?」

と言うと、

「あら、気を使ってくれるの?タイチは優しい子ね。ありがとう。でも、ママが休んだら、どうなっちゃうの?施設の仕事はまわらないし、家の中はぐちゃぐちゃよ」

心に余裕のないせいか、ママの話は、施設で働く同遼に対して、批判的な話題が多かった。

みんなでつくった、クマさんクッキーを他の人にほめられても、施設長は、それをすべて自分の手柄にしてしまうのよ。少しも、クッキーづくりを手伝ってくれないのに(正確にいえば、施設長は障害のため「つくれない」のであるが)。でも、「私は、場所を提供していますから」と、どこふく風なのよ。 

職員も、障害者がトイレで動けなくなって、SOSのベルを鳴らしても、誰一人、見にいこうとしない。なので、クッキーづくりや、食事づくりや、運営しているカフェの対応で忙しいのに、結局私が見にいくしかないの。

トイレに行けない人には、おむつをしないと、施設にとっても本人の衛生上からしても、よくないのに、「本人が嫌がっているから」といって、おむつをさせない。そして、何度も後始末をしなければならない、と怒っている。準備不足なのが悪いのにね。

などなど。

なので、最近のタイチは、ママの「ぐち」を聞かないですむように、夜、クッキーを食べると、すぐに自分の部屋にもどり、眠りにつくことが多かった。

特に、クッキーのおかげなのか?続きものの夢を見ることができるようになってからは。

 

「今回は、キツネの国にいこうと思うが、それでいいかい?」

タイチは、キツネの国が何なのかわからなかったが、クマさんクッキーの提案に反対する理由はなかった。

「その前に、認証局にいって、キツネの国の443番ポートにはいれるように準備をしておこう」

 タイチとクマさんクッキーは、自分たちのナットから、認証局行きの切符を買い、まず宇宙船?で認証局にいった。そこで、ふたつの鍵をもらい、またナットにもどってきた。

 キツネ国にいく要領も、前のツバメ国や認証局へいくのと一緒だ。

 タイチは、慣れてきたので、自分で、券売機でキツネ国行きの切符を手に入れた。切符には、35.78.192.26→20.30.40.46と書かれていた。最初が、今いるナットの住所、キツネ国の住所が、20.30.40.46だ(ツバメ国は、20.30.40.26だった)。

 キツネの国につき、そこの80番ポート(どこの国でも、それぞれの80番ポートを通って駅=ナット、に到着する)でおり外にでたら、そこはキツネ国だ。

キツネ国は、音の遊園地のようだった。敷石の上にとびのると、ピアノのような音がした。

とびとびに、いろいろな速度で、敷石をつたっていくと、リズムとメロディーがうまれた。両足を別の敷石にのせると、ハーモニーを奏でた。

場所が違えば、ピアノでなくキーボードなどの鍵盤楽器の音色がする。庭園にある壁や、柵、噴水、草木に触ると、ピアノ以外のいろいろな音がでた。ギター、バイオリン、ハープなどの弦楽器、音色の異なる、スネア、バスドラムや、シンバル、あるいはボンゴやコンガなどの打楽器。トランペットやトローンボーンなどの管楽器。

ベンチに座っても、水飲み場の水道の蛇口をひねっても、音が鳴る。空には、サックスの形をした飛行船が飛んでいた。

タイチが遊び疲れると、クマさんクッキーは声をかけた。

「一度、ぼくらの場所で休もうか?」

「443番ポートの?」

「そうだ。ここに来る前、認証局で手に入れた、ふたつの鍵を使うんだ」

タイチとクマさんクッキーは、80番ゲートからキツネ国のナットにもどり、今度は、443番ポートの扉を開いた。

 443番の扉のむこうは、小さな部屋になっていて、いきどまりだった。

「まず、扉を公開鍵でしめよう」

 クマさんは、ポケットからふたつの鍵をとりだし、そのひとつで、今はいってきた後ろの扉をしめた。

 しめると、今まで扉のなかったその部屋の前方に、いくつもの扉が現れた。

「これで、キツネ国のナットには、また、もとどおり開いた443番ポートができて、他の人は443番ポートをすぐ使うことができる」

 ぼくらが443番の扉を閉めると、あらためて誰でもが使える開いた443番の扉ができる?タイチは少し頭が混乱してきた。

「そして、もうひとつの鍵をつかって、あらわれたこの中のひとつの扉をあければ、他のひとたちのはいれない、プライベート場所に出られる。これを秘密鍵というんだ」

「でも、扉は沢山あるよ」

「そのために、合言葉をあらかじめ決めてある」

 そういうと、クマさんは、

「タイチッチ!」

と、叫んだ、

 すると、入ってきた扉を閉めると同時に出現した多くの扉の中で、ひとつの扉だけが光った。

 クマさんは、ふたつのうちの残りのひとつの鍵をとりだして、光っている扉にさした。

 開いた!

 タイチとクマさんクッキーがそこにはいると、そこには、タイチとクマさんクッキー以外の人はいなかった。そしてキツネたちが、タイチとクマさんクッキーのためにだけスイーツを用意してくれた。

 クマさんクッキー用には、好物のはちみつが、ふるまわれた。クマさんクッキーは、思う存分はちみつをかぶり大満足だった。体の色は、こげた茶色から、うすくオレンジ色ががった、透明色のはちみつ色に変わった。

 二人は、もくもくと食べ、食べ終わると、近くのソファーで横になった。静かで、ゆったりしたいい空間だ。

「いい場所だね」

「そうだね」

「その鍵は、どこの国でも使えるの?たとえば、前に行った、ツバメ国でも、この443番ポートの鍵はつかえる?」

「いや、その国ごとに、いちいち認証局で鍵をつくり、合言葉を決めないといけない」

「めんどくさいね」

「少しね。昔は、この場所にはいるのに、その国の中にある指定場所、たとえば今いるこのキツネ国にある担当事務所で、鍵を作ってもらい、受けとって、それでこの秘密の場所にはいれるという単純なしくみだった。でも、その鍵の情報を、キツネ国の事務局が悪用するかもしれない。そんなことがないように、キツネ国とも、他のツバメ国などいずれの国とも距離を置いた、中立的な認証局で鍵をもらうというしくみができたんだ」

「でも、その認証局の人が、鍵情報を悪用したら?あるいは、その認証局が、偽物で偽の鍵を発行してたら?」

「その可能性はないとはいえないが、そう言いだしたらきりがない。そもそも、秘密の場所をもとうとすること自体、少し無理がある、ということになってくる」

「そりゃそうだね」

 

 4 ペンギン国

  夢の中で、タイチとクマさんクッキーは、いろいろな国に遊びに行った。

ココア色のおたまじゃくしの国では、普段、目ではみえない、細菌やウイルスが、その姿を目の前に現した。タイチは、細菌やウイルスと聞いて、怖い汚いものをイメージしていたが、目でみて知るようになると、むしろかわいいものに感じられることは、驚きだった。

黒い犬の国では、いろいろなスポーツを楽しんだ。ハチの国では、いろいろな料理を遊びながらつくり、そして作った料理を食べて楽しんだ。自分で、料理を作れば、自分の好きなものだけ食べることができる。それは、とても、嬉しいことだ。

 

ある日の夢のこと、タイチとクマさんクッキーはペンギンの国にやってきた。

 そこでの遊びは、「クラス」と呼ばれるものからいろいろなものを作ることだった。そこで、作られたものは、「インスタンス」と呼ばれていた。

 「クラス」は、いわば、タコ焼きとか、タイ焼きをつくる鋳型のようなものだ。そこに小麦粉を流し込んで焼くと。どんどん、タコ焼きやタイ焼きができてくる。できたタコ焼きやタイ焼き(インスタンス)を器にうつし、またその空になった鋳型で、タコ焼きやタイ焼きをつくる。

ただ、「クラス」が作るものは、食べ物には限定されない。服や、食器、遊具など。大きなものでは、家や自動車。あるいは、タイ焼きの鋳型そのもの、を作る鋳型というものもあった。

 タイチは、「クマさんクッキーをつくる鋳型があれば、ママは助かるだろうになあ」といいかけて、口をつぐんだ。そう聞いたら、となりにいるクマさんクッキーはどう思うだろう?ぼくだって、自分と同じタイチが、この鋳型で、幾人も幾人もつくられることを想像したら、決していい気分ではない。

 だが、その時、平和なその世界は、そこのナットの80番ポートから乗り物にのってやってきてナットに着いた、人間の形をした複数のロボット達をつれた複数の人間達が「クラス」を片端から壊しはじめたことによって、かき乱された。

 誰かが通報したのか、ペンギン警察が助けにやってきた。警察は、その人間達やロボット達をつかまえ、破壊行動を

止めはじめた。一度はつかまったひとつのロボットの中から、

まるでロボットの服をぬぐようにしてひとりの子供が飛び出

した。今度は、ペンギン警察はその子供を追いはじめた。

 その子の父親なのか、破壊者たちの中から声が聞こえた。

「シュン!」

(そうかあの子の名前はシュンか)

 シュンと呼ばれたその子は、とうとう、ペンギン警察によって、袋小路の壁の前においつめられた。

もう、つかまる・・・その寸前、シュンは突然、警察官たちの目の前から姿を消した。

「シュン!」

 また、父親の声がしたが、同じ声でも、安堵の声のように、タイチには聞こえた。

 ペンギン警察によってまずとらえられたのは人間達だった。その次は、人間の形をしたロボット達がとらえられた。激しく抵抗していたロボット達も、それをあやつる人間達がいなくなると、容易につかまった。

 途中、ペンギン警察の一人が、クマさんクッキーの前でたちどまった。

「このクマさんは、悪いことしてないよ。連れていかないで」

 そのペンギン警察は、しばらくクマさんクッキーを見てこう言った。

「そうだな。よくみれば、こいつはただのクッキーで、破壊者たちとは関係なさそうだ」

 

そんな夢をみて目覚めたその日、タイチはママの働く施設に一緒についていくことになっていた。ママは、普段、土日の仕事は、タイチのお世話があるからとことわっていたのだが、その日はそうしても人が足りないから、と頼まれ、タイチを連れて、仕事にやってきたのだった。

「こんにちは」

 タイチは、上手に、そこの施設長にあいさつをすることができた。

「お世話になります」

「○△&?」

ママの話に聞いたとおり、その施設長の言葉を、タイチは聞きとれなかった。

その日、その施設では、クッキーが、万引きされるという事件がおきた。万引きがみつかったその少年は、広い施設外へ、ではなく、施設内に逃げ込んだ。それは、あきらかな判断ミスだった。狭い、施設内で、その少年は、たちまちおいつめられた。だが、大人たちに、隅においつめられたその少年は、突然、目の前から姿をかき消したのであった。

「あの子、壁抜けの魔法を使うのね」

と、万引き少年がそこで消えた壁の前で、ママは独り言をいった。

「でも、あのクッキーには、少し細工をしておいたから、その効果がでるといいのだけど」

(壁抜けの魔法?クッキーに細工?)

タイチには、なじみのない言葉だったが、タイチはその万引き少年の顔には確かに見おぼえがあった。

あの少年、夢の中のペンギンの国で、破壊行動をしていた一味の中にいた。そのときも、ペンギン警察に追われた彼は、突然、姿を消し、一味の中で唯一逃げおおせたのだった。

 

 5 インターチェンジ

  その日の夢では、最初からタイチたちのナットは混乱に陥っていた。

 ナットの80番ポートに、「宇宙船」が一機もやってこないのだ。

 ナットは、200もの扉から、次々にやってきては宇宙船を待つ人で、あふれかえり混雑していた。宇宙船が動かなければ、ここの混雑はなくなることはないだろう。

 そこに、あの、万引き少年がタイチとクマさんクッキーの前に現れた。彼もまた、このナットに通じる200の扉のひとつからやってきたのか?

「タイチ君だよね。君に頼みがある」

「頼み?君の名は?」

「シュン」

 やはり、予想どおりだ。ペンギンの国でも、ママと一緒に行った施設でも「壁抜け?」でまんまと警察から逃げおおせたのはこの少年だ。

「おまえの母親がつくった、クマさんクッキー、なにか、魔法がかけられていたのかな?食べてから、なにか調子狂って。今まで、世の中に敵対しようというような気持ちばかりだった、ぼくの気持がなんかちがうんだ。世の中のために、なにかしようという気分になってきた。へんな感じだ」

「変なこととは思わないが。それが自然では?」

「なにが自然か?なにが自然でないか?は、ぼくには、よくわからないが。とにかく、一緒に来てくれ。君の母親が魔法使いなら、君も魔法が使えるだろう?」

「魔法?ぼくの母親が魔法使い?」

「おやおや、知らないのか?母親が隠しているのかな?まあいいや。今、このナットの中にいる者で、役に立ちそうなのは、君だけのようなのは間違いない。とにかくついてきてくれ」

 そのシュンという少年は、タイチの手をつかみ、一緒にそのナットの建物の壁に突進した。タイチは、壁とぶつかる瞬間、思わず目をつぶった。

 そして、目をあけると、そこは、宇宙船が、沢山ならんでいる倉庫のような場所だった。

「インターチェンジだ」

と、クマさんクッキーは叫んだ、タイチと一緒に、クマさんクッキーも壁抜けをしたらしい。

「そのとおり。クッキーのくせに、よく知っている」

とシュンはいった。

「宇宙船が、このインターチェンジから出られなくなっているのが各ナットの混乱の原因だ」

「ここは、一般の人の知らない住所のはずだが」

「そうだ。各国の警察組織だけが知る住所だ。でも、そこがテロリストによってこうやって占拠されてしまった。この住所を知る、どこかの国の警察内部の人間たちが犯人かもしれない。でも、宇宙船がここから出られなければ、各国の警察も宇宙船に乗れないので、ここにきてテロリストたちを逮捕できない」

 そう言っている間に、テロリストたちは、シュンとタイチとクマさんクッキーを発見して、自分たちの作戦を邪魔にしにきた危険人物として拘束しようとしはじめた。

 インターチェンジ内を3人は逃げ回った。

 追手は大人だ。こどものシュンやタイチは逃げ回るしかなかった。

 追いつめられると、思いもかけずクマさんクッキーが、二人のために戦った。

「ぼくは、食べられるために生まれてきたんだ。食べられてこの世から消えるのでなく、ただ、ふみつけられ、壊されるだけで、この世から消えていくのは、絶対いやだ」

 しかし、追手の人数は増え、3人はいよいよ追い詰められた。

「逃げているだけでは、この状況を変えられない。でも、しかたがない。一旦、壁抜けの魔法で逃げよう。タイチ、しっかりぼくの手をにぎって」

 タイチは、シュンの手を握った。

 突然、タイチの心になにかが、わきあがってきて、タイチは無意識のうちに声を発していた。タイチが眠る前に、ママがいつもいってきかせてくれる口調に似せながら、タイチは、歌うような、お話するような感じで語った。

「ベイユ、クッシュ、ベイユ、クッシュ・・・・」

こう長く続けたあと、最後はこうだ。

「リべイユ、リクッシュ!」

 最後の、リクッシュ!を聞くか聞かないかで、敵は全員眠りについた。

 魔法の呪文だ。

「やはり、ぼくの想像したとおりだ。やったぞ、タイチ!」

 シュンは喜んでいた。

 つまるところ、敵の追手から逃げるだけでは、現状はかわ

らない。逃げ回るだけでは、われわれのしなければならない

仕事は、終わらないのだ。

3人は、敵が寝ている間に彼らがかけていた宇宙船のロッ

クをなんとか解除した。

「よし。これで、いける!」

 宇宙船は、ようやく、次々とインターチェンジから消えて、各国のナットへとむかった。

「これで、各国の警察が、ここにやってきて、眠っている奴らを始末してくれるだろう。たぶん、インターチェンジの警備の見直しもされるだろう。ぼくらの仕事はここまでだ。よくやった、と思わないか?」

「うん、よくやった」

「ぼくらは、きっと、またどこかで会うだろう。魔法使いは、いつも、ばらばらに遠くに住んでいて、ふだん交流はない。でも、しょせん、狭い世界だ。いつの日か、また会うことになるだろう。それまで、お互い、しっかり修行しておこうな」

「修行?」

 そういうタイチにシュンは言った。

「まだ、お前には魔法というものがよくわかっていないものな。帰ったら、ママに良く説明してもらいな。おれも、最近、父親にひさしぶりに会って話をした。ずっと、家に帰ってなかったおれが、だ。まあ、会ってよかったけどな。おおかた、あの、おまえんちのママのつくったクマさんクッキーの中には、食べた人が、人恋しくなったり、いい人になるような気持ちにさせるような魔法がかけられているんだろう。まあ、そう言ったのは、おれの父親だけど。父親は、実際はこんな風な小難しい言葉を使ったけどな。

『シュン。お前は、不安や恐怖に対して、中庸の態度をとることをおぼえねばならぬ。不安や恐怖に対する中庸は(勇気)だ。過ぎると(蛮勇)、不足は(臆病)だ』

あと、おれの父親が言っていたけど、おまえ、タイチっていうんだろう?タイチは、将来、太陽とか彗星とかの何かの惑星を破壊するような強い魔法を身につけて行くだろう、という予言があるらしい。それにまけないような、強い魔法を身につけられるよう、おれも努力するつもりだ。じゃあ、またな」

 そう、ひとりでしゃべった後、シュンは壁の向こうへと消えて行った。

 

 6 修行のはじまり

  目が覚めたタイチは、夢の話を、ママに語った。

 ママは、うなづきながらそれを聞いていた。

「やはり、タイチも、魔法使いの血が流れているのね。でも、血が流れていても、魔法が使える場合とつかえない場合があるの。それで、今まで、ママは魔法のことをタイチに隠していた。わかるものなら、いずれわかる。そう思って」

「修行?これからあるの?厳しいの?」

 ママは、笑って言った・

「そんな、厳しい修行ではないわよ。むしろ楽しいくらい、でも、ひとつだけ、実際に人前で魔法をつかうときの注意があるから、それは覚えてもらわないと。今回のような夢の中なら、魔法は自由に使っていてもいいわ。でも、実際の世界で、多くの人が一度に眠りこむような魔法を使ったらどうなる?タイチが、なにか特別な食べ物を食べさせたのではないか?とか、生物兵器のようなガスを使ったのではないか?とか、警察などに追及されて、大騒ぎになるわ。そこは注意してもらわないと」

「ママは、あのクマさんクッキーに、どんな魔法をかけたの?」

「あら。言わないといけないのかしら。あのクッキーにかけた魔法はね。タイチがそうだったように、夜みる夢の続きが見れる魔法。前の晩の夢がおわったところから、次の日、また続きの夢が見れるような魔法よ。でも、それが、転じて、シュンの心には、ぐれる前、まだ、人生に対して夢をもっていたころの自分にもどって、そこから一度それてしまった自分を、やりなおすように働いたようね。つまり、終わった夢のところに、一度またもどって、夢を終わらせないよう、また続けられるように」

「でも、他の人には?施設の人、職員さんや利用者さんや所長。それに、買って帰った人たちが、大勢いるじゃあない?その人たちにもそんな風に聞くの?」

「どうだろう?確かめてはいないけど。少なくとも、食べた人が、小さいころの自分の気持ちを思い出すことができるようになれば、とは思っているわ」

「ママのお仕事は魔法使いなの?」

「さあ?魔法はお仕事にはならないわ。魔法で、お金をかせいで食べて行くことはできないわ。そうね、へんな言い方かもしれないけど、ママは、魔法と一緒に、魔法を食べて、生きているかもしれないわね」

 

 というわけで、これから、何年か前に夫と離婚した?女魔法使いと、その一人息子で、タイチという名前の五歳になる男の子の魔法修行のお話がはじまります。

 

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