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BB ① ~学者犬~

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学者犬

 人々が、自分たちの飼い犬を思い思いに散歩させている平和な街のお話。
 愛犬家の多いその街には、それぞれの家の庭にDogfaceという名の黄色いカナリアナスが植えられていた。その花が、犬の顔に似ているので、その街ではそう呼んでいた。
 主人公は、通称「学者犬」。
 犬なのに帽子と服をきて二本足でいつも立っていた。飼い主はBBという画家で、BBの前で絵のモデルをするのは重要な日課だった。
 いつもいばっているが飼い主には尻尾をふるところが「学者」に似ているということでそうよばれていた。
 彼が、BBといつも散歩する道の横の一軒の家には、「幸福犬」と呼ばれる小さなメスの犬がいた。彼女は、気候のいいとき、年に数回しか家の外にでない家犬だ。また、体が小さいので体温調節がむずかしく暑さ寒さに適応できないので、ほとんど家の中にいるのだ。でも体が小さいので家の中で走れば、それで充分な運動だった。
 学者犬は、散歩するときその家の1階のガラスごしに姿がみえるだけの彼女に恋をしていた。しかし彼女は1年に数回、いい気候のときにしか公園に散歩にでてこない。つまり住んでいる場所は近いが遠距離恋愛状態である。
 他方で、そんな学者犬に思いをよせる別のメス犬がいた。「アイ犬」とよばれる彼女は、金持ちの家の犬で、子供(子犬)もいた。でも恋にあこがれ、勝手に学者犬に対し妄想をいだいていた。散歩しているとき学者犬とすれちがうと、いつもきまってアイ犬はよろめいた。
 公園には、飼い主に散歩につれられて、他にもいろいろな犬が集まっていた。
 飼い主が、カジノで破産しかけたとき、その小さな手(足?)でルーレットの番号を指差し、みごと番号をあてて飼い主を救ったという(自己申請の)伝説をもつ「ラッキー犬」。
 「双子犬」はそのことばとおり、二匹で一組。片方は、遠大な計画をたてるのは得意だがそれを実行に移すのが苦手。もう片方は、実行するのは得意だけど、計画を立てるのが苦手。この二匹がくめば、無敵のはずなのだが、いつもけんかばかりでうまくいかない、というのは人間社会でもよくあることだ。
 ゲームの好きの子供がよく散歩させている犬は「嫌犬」と呼ばれていた。ポケモンのようなかわいい犬だったらよかったのだが、飼い主の気持ちと、犬達の間の評判は、ずいぶん差があった。
 「嫌犬」は、少々知ったかぶりのみえっぱりの犬だった。たとえば、タバコのポイ捨てをする人間をみて「おれも昔吸っていたけど、ああいう真似はしたことない」と言ったりするのだが、タバコなど吸ったことは実は一度もなかった。鼻が利くこと(実は犬なら当然のことなのだが)を自慢していて「おれは300メートル先の人間のぶら下げる袋の中にあるタマゴが、生か?ゆでたものか?焼いたものか?かぎわけられる」といいながら、目の前の落し物のハムを通りすぎてしまうのだった。
 実は、嫌犬は、学者犬に恋するアイ犬のことが好きで、学者犬を勝手にライバル視していた。ところがアイ犬の方はどうかといえば、嫌犬が「アイ犬は実は、魔法によって犬に姿を変えさせられた人間だ」というこれも根拠のないうわさを流したことを知って激怒し、とても嫌っていたのだった。
 他に個性のある犬としては、「北京犬」と書いて「ペキンドッグ」(ペキンダックではない!)と呼ばれる犬。「ドッグ」とよばれるが、外国産の犬でなく、実は秋田犬のような日本の犬に近いのだ。なぜかモンゴルや中国や欧米など海外の話をよく知っている。今は野犬(首輪でカモフラージュしているが実は野良犬で、橋の下にくらしている) だが元飼い犬は、RLとかDという名のロックミュージシャンだという話だ。
「オレは、野良犬が嫌いだ。いつも物をほしがっていて、少しでも甘い顔をみせようものなら図に乗って、もっともっとと、きりがない。だから、オレは野良犬は無視することにしている。無視されれば、野良犬は何ももらえないとわかり、あきらめてどこかへいってしまう」
 今までの簡単な紹介だけでも想像がつくように、犬だって悲しみや喜びといった感情がある。しかし、人間と違うのは、犬たちは人生の目標とか意義とかは問わないというところである。
 犬は普通夢をみない。
 学者犬が変わっていたのは、彼が「夢見る犬」だったとい
う点だった。産れながらにそうだったのか?成長してあるときからそうなったのか?
 もしかして、その街の飼い主たちが必ず犬のエサに混ぜる「ショーガネーゼ」という生姜から抽出した抗アレルギー効果のある酵素を、彼の飼い主であるBBがエサに入れ忘れていたためにそうなったのかもしれない。
 とにかく、学者犬は、その街から脱走したいという夢をもっていた。
「脱走?この街は塀があるといった監獄ではないよ」
と、嫌犬は皮肉っぽく言った。
 アイ犬が、話している二匹の犬の横にきて、いつものようにずっこけポーズをしてとおりすぎていった。
 とおりすぎながら彼女は、芝居のセリフのようにつぶやくのだった。
「ああ。あなたのためなら、私は、世間から非難されようが、法を犯そうが、どんなこともするわ。たとえ、あなた自身からも嫌われようが、わたしは、あなたのためになることなら、なんだってする」
 彼女の後ろ姿を目に追いながら嫌犬はいった。
「ちえっ。勝手に言うがいい。おれは、家庭をもたないで、ひとりの気ままな生活を楽しむ。おれは、これに完全に満足しているよ。ああ、自由!」
と、くさい(と学者犬には思えた)息を顔にはきかけながら彼はいった。
(それは、おまえの頭の中だけにある自由であって・・・実際、ぼくらは飼い主に鎖につながれているじゃあないか)
 学者犬の考える脱走は、飼い主のBBからはなれて、北京犬のように野犬になることに近かった。
 そう、北京犬にうちあけると、かつて飼い犬だった烙印ともいえる自慢の首輪を前足でさすりながら北京犬は言った。
「いつも、同じ家で同じことをして、いつも同じ時間に同じ経路で散歩する生活のどこが悪い?理想じゃあないか?ぼくが飼い主から離れたのは、そこが、戦争がくりかえされていて人々が貧しい街だったからだ。こんな街ならずっと住みたい、そう思ってぼくはここにいるんだ」
 学者犬は、北京犬が、橋の下で野犬たちの間でボス的存在になりつつあるという噂を、嫌犬から聞いていた。
「あのめったに家から出てこないちっちゃなメス犬なら、脱走とか考えるのもわからんではないがな。おまえには理由がみあたらない」
(ちっちゃなメス犬とは、幸福犬のことだろう。しかし、彼女はけっして脱走しようとは思っていないだろう。なにしろ、体の弱い彼女が家の外に出たらそれこそ命とりだもの)
 
 学者犬が、この街から脱走したいと思っていたのは、学者犬が、飼い主であるBBから離れたいという理由も大きかった。そう。犬が、必ず、飼い主になつかなければならない、というのは人の身勝手な思いだ。
 学者犬の毎日の日課ともいえる、画家であるBBの前で、奇妙な服をきせられて、犬なのに二本足でたってポーズをする、ということは、仕事だと思えば苦にならなかった。
 ただ、学者犬がBBのことが嫌いなのは、BBが、
「お前は、犬らしくない」
と、衣装をきて二本足で立っている学者犬の絵を描きながら、毎日のようにつぶやくからであった。
「お前のまわりに、なにかがいるのが、ぼくには見える。それは、人間のまわりにしかいないものだ。なのに、なぜ、お前のまわりにはそれがいるのか?」
 そう言って、BBは、学者犬をなでるかわりに、学者犬からなにかを「はらおう」という仕草を毎日のようにするのだった。
 まるで、「おまえはあっちにいっていろ」とでもいうように。
 
 ある日、学者犬は、飼い主のBBの隙をみてBBの書斎に入った。そこは、まるで高い本棚の迷宮だった。棚には天井近くまで本がつまれ、今にも倒れてきそうだった。「でも、本当の社会について書かれた本はここには一冊もない」と、BBがよく独り言をいっているのを学者犬は聞いていた。
(だったら捨てればいいのに)
 学者犬は、そびえたつ本の塔の間を縫うように歩いていた。
 まるで、遠い国にやってきたみたいだ。
 でも、この冒険ときたら、毎回、何日もの間霧の中をさまよったあげく、いつも出発点にもどっていくような類のものだ。
 せめて、落とし穴でもそこにあって、そこにはまりでもしたら?
 もしそうなったら、ぼくは、落ちてから計算するんだ。3秒で底まで落ちたからだいたい深さは10メートル?物理の問題だ。ぼくは自分の状況を忘れるために、出口をさがすかわりに難しい計算をするんだ。
 序々にいらついてきた学者犬は思いついたように、今度は
 本棚の本を片端からひっぱりだして床に投げて行った。どれかをひっぱると秘密に通路が本のうしろに開けているんじゃあないかと、1冊投げるごとに思いながら。
 絵のモデルのポーズをすることでずいぶん慣れた、二本足で立つ姿で、本棚の本をつかみながら彼は脈絡なくつぶやいていた。
(犬だといっておれのことをばかにするなよ。ぼくは犬にしては科学的に問題解決する達人なんだ)
(だけど、父や母の顔はおぼえてない。ぼくが小さいころに死んだんだ)
(トンネル、月、川原、石、渋滞、網タイツ・・・嵐雲が月を覆い、wanderersと呼ばれる看守が探し回っている・・・囚犬たちは、結局宇宙人BBにとらえられた?脱走してもつれもどされる?というかほとんどは脱走しようともしない。いや、脱走には、強行突破だけでなく、BBを誘惑する方法だってある)
 そして、学者犬は空想することに疲れてきて、床に散乱した本の上に、二本足で立つのをやめてねそべった。誰かが水をかけてもおきあがれないくらい疲れはてていた。
 そのとき、彼の目に入ったのは、本棚の森の入り口にあったBBの書斎の机の上にあったデスクトップのパソコンだった。
「そうか。ここが扉だ」
 ついにみつけたその扉、そのパソコンのモニター画面には次のような文字のテロップが流れていた。
「インターネットにはたくさんの秘密が隠されている。そして、インターネットの外にはさらに多くの秘密がうごめいている。ふたつの世界はまもなく出会うことになるだろう」
 彼は、パソコンのモニター画面上にある矢印、カーソルにくっついた。
 そして、カーソルマスコットになった。

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